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汽車旅の車窓から見えたケイベン [軽便鉄道]

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pen-pc.gif 私は、所謂、軽便鉄道という鉄道が好きで私のホームページにもケイベンの特集ページが作ってあるほどです。ここで言う軽便鉄道とは、「軽便鉄道法」で作られたものという意味ではなく、「レールの軌間が狭い、車両が小さい、などの特長を持っている鉄道」ほどの意味です。
 私の母の故郷は四国の高知県で、私が幼かった頃から、何度も私を連れて高知まで行っておりました。東京~高知間の汽車と連絡線の旅、その途中、汽車の窓から外を眺めるのが好きだった私は、種々の私鉄を眺めておりました。
 その中でも、自分が乗っている国鉄の客車・機関車よりもはるかに小さい、頼りない鉄道を幾つか発見しておりました。そんな鉄道を、カメラを扱うようになった、昭和30年前後に、車窓から写したものを少々・・・・。

■■■ 汽車旅の車窓から見えたケイベン ■■■

pen-para.gif 東海道本線の藤枝駅と袋井駅の間、60km余りのケイベン、静岡鉄道駿遠線

(1) 昭和30年3月、袋井駅を通過する列車の窓から、駿遠線のホームと、客車。
 この袋井駅では、昭和20年代、子供だった私の記憶に、小さな蒸気機関車が満員の客車を何両か牽いてとまっていたのを見た事がはっきりと残っています。
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(2) 同じく昭和30年3月、田園風景の中を袋井駅に近づきつつある駿遠線の列車。ディーゼル機関車が客車を2両、牽いています。
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(3) 昭和35年3月、藤枝駅に停車せんとする東海道本線の列車の窓から、新藤枝駅の構内で休むディーゼル機関車。
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(4) 昭和43年7月、東海道本線藤枝駅ホームから貨物ホームを通して、新藤枝駅が見える。気動車にお客さんが乗り込む風景。
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pen-para.gif 岡山から宇野線に乗り換えて宇野までの途中にある茶屋町駅からは下津井電鉄という762mm軌間の電鉄が出ていました。

(5) 昭和31年7月、発車した宇野線の窓から・・・・・。発車待ちの下津井の電車が見えています。画面右下の黒いのはお隣の席のオジサンの足。こうやって座席に寝転んで足を窓から出している人も居たりしました。
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(6) (5)と同じ列車から下津井電鉄の茶屋町駅の構内・・・・・バッファーとリンクの連結器のついた貨車が珍しかった。
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(7) 昭和34年7月、宇野線茶屋町駅の下津井電鉄のホームでは、貨車に国鉄からの荷物を積み込み中でした。
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pen-para.gif 山陽本線の岡山駅の一つ東京よりの駅、西大寺駅では、西大寺鉄道という、3フィートゲージのケイベンと連絡していました。

(8) 昭和34年7月、西大寺駅を通過する国鉄の急行列車の窓から、ちらりと西大寺鉄道のキハ6が見えました。 
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coffee.gif こうして私は少しずつケイベンファンになって行ったようです。


HP更新・静岡鉄道駿遠線車両図鑑 [軽便鉄道]

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pen-pc.gif 今日はホームページ更新の宣伝です。ホームページ「む~さんの鉄道風景」に新しいページを加えました。題して「静岡鉄道駿遠線車両図鑑」。

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■■■ 静岡鉄道駿遠線車両図鑑 ■■■

 私のホームページ「む~さんの鉄道風景」には、1953年から1970年ごろまでの鉄道写真と旅日記が収められていますが、その中で、もっとも熱中していたのが、静岡県下を1970年の夏まで、人や貨物を運んでいた「静岡鉄道駿遠線(すんえんせん)」でした。
 我が国で最長のナローゲージ鉄道で、路線延長が60kmを越えておりました。国鉄東海道本線の藤枝駅から、南へ、御前崎に近い地頭方駅を通り、今度は西へ、進路を向け、東海道本線の袋井駅に至っておりました。
 1950年代末期から、1970年に掛けての期間、そこには、10両のディーゼル機関車、20両の気動車、40両を越す客車、そして両数は忘れましたが、たくさんの貨車たちが活躍しておりました。

(1) 1958年4月: 相良駅付近の混合列車。
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(2) 1958年4月:藤枝の瀬戸川駅近くの気動車+客車の姿。
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(3) 1959年4月: 榛原町駅の混合列車。
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(4) 1959年4月:須々木駅の混合列車。
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(5) 魅力的な機関車、気動車、客車たち・・・・。
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pen-para.gif 私は、この静岡鉄道駿遠線に、1958年から1970年までの間に7回通い、廃線になってからも数回、訪ねて居ります。その間に撮った駿遠線の写真はホームページ上で皆、公開しているのですが、それを「図鑑」の形にしてみようと思い立ったのです。
 道路の整備、自動車輸送の発達、生活パターンの変化で、1959年には貨物輸送が廃止され、お客さんも減ってゆき、少しずつ廃止区間が拡がって、ついに、
1970年7月31日をもって廃止された、静岡鉄道駿遠線の車両たちを並べてみました
 まだ、完成度は低いのですが、一時期は日本全国にあった狭軌鉄道・・・一般的には軽便鉄道と呼ばれていますが・・・・に興味をもっておられる方々、沿線にお住まいだった方々、現在、沿線だったエリアにお住まいの方々に、ご覧頂きたいと思っています。

ani-014-spin.gif 下のURLをクリック頂きますと、私のホームページ・・・「静岡鉄道駿遠線車両図鑑」のページにジャンプいたします。

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http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link250-00-zukan.html

pen-para.gif 以上、ホームページ更新のお知らせでした。
 では、また次回に・・・・・!!!!!


軽便鉄道の転車台 [軽便鉄道]

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pen-kotatsu.gif 寒いですね~、ホントに寒い。昨日だったか、玄関のドアに、ガスの検針票が挟んでありましたが、値上げもあって、我家史上最大値になって居りました。もう、オイオイオイオイ!って感じの数字が並んでいたのです。
icon_sakura.gif あと一ヶ月経って、近所の河津桜の花が見られるのでしょうか・・・・・・。

pen-ojigi2.gif まあ、いろいろとありまして、更新のインターバルが長くなっています。寒い所為ではないでしょうが、だいぶ気力が落ちているようで、日常的に「やるぞ~おっ!」って感じではなくなって居ます。「コレデハイケナイ!」と、半年も、ほったらかし状態にしていたホームページの、更新作業を始めました。そのうちに、結果を出せると思うのですが・・・・。

pen-pc.gif そんな、作業のオマケみたいに、幾つかの画像が出てきましたので、それに幾つかくっ付けて、今回のブログ更新と致します。題して・・・・・・・。

■■■ 軽便鉄道の転車台 ■■■

 軽便鉄道と言うくらいですから、国鉄の大形蒸気機関車が乗っかるような転車台とは大違いの可愛いものです。蒸気機関車、ディーゼル機関車や気動車を乗っけて、乗務員さんが、えいや~っ!と押して回す様なサイズです。
 軽便鉄道、難しく言えば軌間は関係無いのですが、まあ、一応、所謂軽便鉄道・・・・軌間1,067mm未満の鉄道と言う事にしておきます。

pen-para.gif そんな転車台を、並べてみます。

arrow-red-right.gif 先ず最初は、静岡鉄道駿遠線: この鉄道は、蒸気機関車牽引でありましたが、昭和20年代後半に、その蒸気機関車を、自社の工場でディーゼル機関車に改造したのです。そのディーゼル機関車は逆転機が装備されておらず、終点で転車台に載せて向きを変えておりました。

(1) 1959年3月 袋井駅。
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(2) 1959年3月 地頭方駅。枕木がのってます。
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(3) 1960年3月 新藤枝駅・・・・ディーゼル機関車が片脚掛けて、こんなサイズ。
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(4) (3)の機関車の大きさは、全長=5,196mm、自重=7トン。
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(5) 1960年3月 ちょっと、トマソン的ですが、大手工場にあった、転車台であったかもしれない構造物です。
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arrow-red-right.gif お次は、遠州鉄道奥山線: 私が訪れた1958年4月には、とっくの昔に転車台の役目は終わって居りましたが・・・。

(6) もう少しで終点の奥山駅の、気賀口駅構内にあった転車台の遺構。
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(7) (6)の部分拡大・・・・ターンテーブルのあった、丸い赤煉瓦を積んだ構造物。
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arrow-red-right.gif 山陽本線笠岡駅から出ていた井原までの、井笠鉄道。北川から矢掛への支線、井原から神辺への線・・・・。

(8) 1957年・昭和32年8月 笠岡駅で・・・・水が溜まり池になっていました。蒸気機関車は動いては居なかったようですが、単端式の気動車はあったはずです・・・・笠岡まで来ていたか如何か。
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(9) 1959年7月 北川駅。二軸の気動車は両運で転車台は必要無いのですが、客車の左側にちょっと、転車台が見えています。
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(10) 転車台部分を拡大してみました。ホームもえぐれていた気がします。
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(11) (9)と同日に訪問の、矢掛駅。これは転車台が必須の単端式気動車が居ます。そして、右側には転車台。
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(12) (11)の転車台部分の拡大です。
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arrow-red-right.gif 岡山市の名所、後楽園の前から西大寺まで通っていた、西大寺鉄道の中間に国鉄西大寺駅との連絡駅に財田(さいでん)駅がありました。これは、1958年8月に撮影したものです。

(13) 西大寺行の気動車が財田駅に進入してゆきます。その前面の窓から写した構内写真です。その右端に何やらターンテーブルみたいな・・・・・。
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(14) 可愛い転車台が見えます。西大寺鉄道のカワイイ気動車、2軸単端のキハの向きを変えたりしていたようですが、その前は当然、蒸気機関車を載せて回っていました。
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arrow-red-right.gif 最後に、可愛らしいのを一つ。高知県の奈半利にあった森林鉄道の車庫にありました。

(15) 1959年7月 薄っぺらで小さい・・・・傍の車庫内に、蒸気機関車改造らしいディーゼル機関車や、B-1の車輪配列のポーターらしい蒸気機関車が廃車状態で居ましたが、それを載せるような用途ではなさそうです。
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pen-para.gif ターンテーブルの写真を並べただけになりまし。

coffee_doutor.gif こんなところで、今回はオシマイと致します。
 では、また・・・・!!!!!


懐かしの軽便展・静鉄駿遠線 [軽便鉄道]

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pen-rei2.gif 今日は失われた鉄道のことを少々。
 その鉄道とは、1970年8月に完全廃線となった軌間762mmの所謂軽便鉄道、静岡県藤枝の東海道本線藤枝駅から、御前崎近辺を経由し、同じ東海道本線の袋井に至る静岡鉄道駿遠線です。

■■■ 静岡鉄道駿遠線 ■■■

pen-rei2.gif 1958年・昭和33年4月、私は初めて国鉄東海道本線の藤枝駅の前にあった新藤枝駅で静岡鉄道駿遠線と対面しました。そして、新藤枝駅から、相良駅まで乗ったのです。

(1) 途中、大井川を橋脚が木の危なっかしい鉄桁の橋で渡ります。左に平行する木の橋は国道。
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(2) 上吉田駅で私の乗った気動車の快速列車は、ディーゼル機関車が引く混合列車と交換。
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(3) 相良駅で下車し、そばの橋で列車を待っていましたら、混合列車が来ました。
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pen-rei2.gif そして、月日は流れ、段階的に廃止されてきた駿遠線も、1970年8月、ついに最後に残っていた、新藤枝駅~大井川駅の間が廃止されました。その年の1月、最後の区間に乗りに行ったのです。

(4) 新藤枝駅を出た、気動車が客車を引く列車が大井川駅に向かいます
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(5) 終点の大井川駅前からは廃止された駿遠線の代替バスが出ておりました。
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pen-rei2.gif 1970年代の何年か忘れてしまいましたが、家族4人で御前崎までドライブ。そのとき、廃止された静岡鉄道駿遠線の御前崎の最寄り駅、地頭方駅に行って見ました。

(6) なんと、駅舎にホームまで残っておりました。駅舎の向こう側にある車は私の乗っていった、スバルレオーネ1400。
 どれがホームか見え難いと思いますが、左側に子供が二入いますが、その右側の緑色の平べったいエリアです。右端の家屋が旧・地頭方駅舎。

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(7) これが、旧・地頭方駅舎。右側が乗客の入口。でっかい看板は「駿遠運送」とあります。
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pen-rei2.gif 私のホームページにある静岡鉄道駿遠線のページは、下のアイコンをクリックして下されば、ご覧いただけます。

静岡鉄道駿遠線のページは、これをクリックしてください。
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pen-rei2.gif で、ここでコマーシャルです。只今、藤枝市の藤枝市郷土博物館で、駿遠線を偲ぶ展覧会が行われています。期間は、2010年・平成22年2月20日(土曜日)から、4月11日(日曜日)です。月曜日休館。入館料=大人200円

(8) 展覧会の案内パンフレットの表面
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(9) パンフレット裏面
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pen-rei2.gifpen-rei2.gifpen-rei2.gifpen-rei2.gifpen-rei2.gif これでは、小さくって見難いでしょうから、大きな画像も用意しました。私のホームページのエリアに置いてあります。下のアイコンをクリックしますとご覧いただけます

大型サイズのパンフレット画像はこのアイコンをクリックしてくださればご覧になれます
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coffee_misdo_2.gif 皆様に是非ご覧頂きたいと思うのですが、簡単に行ける場所ではないので、ちょっと残念です。


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草軽電鉄から来た客車 [軽便鉄道]

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pencil-red.gif 今回は、「軽便鉄道」の、とある客車に注目してみました。

pencil-red.gif 1958年・昭和33年の12月、草軽電鉄を訪問しました。雪の全線乗車でしたが、そのときの画像は、このブログで以前公開しましたし、ホームページにも出してあります。

pencil-red.gif 草軽電鉄・形式ホハ30・・・・半鋼のボギー客車。Wikipediaを見ると、日本車輌、1933~37年・昭和8~12年の製造で、ホハ30~33の4両あったとの事です。

(1) そのホハ30ですが、先頭にデキ16、コワフ104、そしてホハ31が、吾妻駅に到着しました。
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(2) ホハ31を見てみましょう。デッキの無い、電車タイプと言うか、こじんまりとまとまった客車です。片側クロスシート、片側ロングシートになっています。
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(3) 国境平駅を出発してゆく草津温泉行き列車にも、ホハ30形ホハ33が居ました。
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pencil-red.gif 年月は流れて1962年・昭和37年10月静岡県の静岡鉄道駿遠線の大手工場に、そのホハ30形が3両居たのです。草軽電鉄は1962年・昭和37年に廃止されていますので、廃止直後にここへやって来たのでしょう。 

(4) 左端の気動車は大手駅ホームに停車中のキハD15、その隣の車庫の中に、草軽から来た客車がいました。ナンバーの記録はありませんが、このスタイル、間違いありません。
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(5) もう、一見、放置状態で、窓ガラスは割れ、かなり酷い状態で、下手をすると、このまま使われずに終わってしまうのではないかと、心配しました。
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 ・・・・・・が、然し!!!!


pencil-red.gif ・・・・ところがです、1968年・昭和43年7月、静岡鉄道駿遠線を訪問した私は、そのホハ30が3両とも、見事に復活してお客さんを運んでいるのを見たのです。大手工場で復活したようです。静岡鉄道技術者の手腕の素晴らしさを感じます。 

(6) 新藤枝駅の構内です。
 自社製のDDディーゼル機関車DD501に引かれた4両の客車・・・・その中の3両が、草軽電鉄から来たものだったのです。DD501~ハ114~ハ115~ハ112~ハ113ですが、ハ112を除いた、ハ113~115の3両が草軽出身。
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(7) これらの客車、原型のホハ30とは、ステップが付き雰囲気がちょっと変わりました。シートもクロス部分は無くなり、全てロングシート。これはハ114
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(8) ハ115。サイドの戸袋窓がHゴム。
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(9) ハ113は、サイドの戸袋窓はバス窓風のHゴム支持。
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(10) ハ113を新藤枝駅舎の二階から写した写真もあります。
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pencil-red.gif さらに二年経ち、1970年・昭和45年の1月、8月廃止が決まった駿遠線。まだまだ、元気に働く、元草軽の客車たちです。

(11) キハD18が、ハ115を牽いて、当時の終点、大井川へ向かいます。撮影場所は新藤枝駅近く、これから築堤を上り、右にカーブして東海道本線をオーバークロスします。
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(12) ハ115の部分を拡大してみましょう。車体に錆でも出たのでしょうか、塗料で補修したらしくパッチワーク状態です。しかし、製造後、30年超・・・・立派なものです。
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(13) 新藤枝駅ホームで休むハ115です。
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(14) 翌朝のラッシュ輸送に備えてでしょうか、ずらりと並べられた客車たち、うち3両が草軽出身
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(15) 新藤枝駅ホーム全景。給油装置がレトロです。DD501の牽いている客車の二両目がハ113の様です。
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coffee_doutor.gif こうして、1970年・昭和45年8月、静岡鉄道駿遠線は、道路事情が良くなった結果、バス・乗用車に道を譲って廃止されました。製造後30数年、草軽電鉄からやってきた三両の客車たちも、終止符を打ったのです。
 沿線に多少は保存されていたといわれる車輌たちも、今では、藤枝市の市立博物館に展示されている、蒸気機関車一両を残すのみと聞きます。


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静岡鉄道駿遠線新藤枝駅1962年 [軽便鉄道]

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pen-para.gif 今日は、軽便鉄道のお話です。軽便鉄道といいますと、いろいろ定義もある訳ですが、ここでは、軽便鉄道法とか、堅い話は抜きにして、まあ、軌間が日本の標準軌間、国鉄の1,067mm未満の鉄道と言う事にしてしまいます。少々、強引ですが・・・・。

 1970年の夏、廃止となった、日本最長の軽便鉄道、静岡鉄道駿遠線(軌間=762mm/2’-6”)に1962年・昭和37年10月、訪問致しましたが、その時に、パノラマ写真にしようと撮っておいた4駒の35mmフルサイズのネガから、パノラマ画像にしました。この画像は、以前、このブログでご覧頂いたこともありますので、ご記憶の方もいらっしゃると思います。あの時は、ユーリードのクール360というソフトでパノラマ化したのですが、今回はキャノンのディジタルカメラにオマケで付いて来た、フォトスティッチというソフトを使いました。

 PANORAMA 静岡鉄道駿遠線新藤枝駅1962年 ■

(1) このブログ、画像の横幅に制限があって、約500pixelが上限。何時もは、480×360pixel。今回、幅=480pixelにしたら、こんな小さな画像になっちゃった。これでは、パノラマ化した意味がありません
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pen-pc.gif ・・・・・・で、私のホームページの方に、横幅1,024pixelの画像を置きましたので、下のアイコンをクリックしてご覧頂きたく存じます
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 ・・・・・如何でしょうか?
 以下、例によって、部分拡大でご覧頂きます。

(2) 新藤枝駅のホームです。行き止まりの「くし形ホーム二本・三線」自社製の湘南顔の気動車が居ります。
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(3) ズームアップしてみましょう。ホームには列車に積み込むのでしょう、荷物が積み上げられています。
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(4) 左へパンしますと、ホームの屋根の下には、自転車が並んでいます。
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(5) もっと左へパンします。木造の客車、ハ20が居ます。
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(6) その左には、トラック。こボンネットの丸いマークは「いすゞ」だったでしょうか。この頃には、すでに駿遠線の貨物輸送は廃止されていて、この貨物上屋は、国鉄藤枝駅のものです。貨物が、積み上げられて、まだ、国鉄による輸送が盛んだった事を示しています。
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(7) トラックの左側の貨物です。右側、これは、米俵でしょうか・・・・この頃は未だ、俵詰めでの出荷が行われていたのでしょうか。左側、紙袋は肥料かしら?それとも、セメントかしら?ホームの向こうに居るのは、国鉄のワラ1形かな?
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(8) パノラマ写真の左端に、客車(ハ25)が居ます。貨物上屋の屋根の向こうには藤枝特産:茶の大看板
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(9) 貨物をクロースアップ。う~ん、如何考えても、これはお米だろうと思うのですが・・・・・。60kg/15貫目だったかと思いますが。
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(10) こんどは、中心から右へ振ってみます。瓦屋根、赤煉瓦の塀、白壁・石積みの倉庫・・・・いいなあ!
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(11) 下の方を拡大すると、小さな水路が見えました。こんなのに、『むむむ・・・!』と思ったりする、む~さんでありました。
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coffee.gif 4駒のネガから無理やり膨らませた、47年前の新藤枝駅です。1970年に廃止され、2000年に行ったときには、バスセンターになっていましたが、現在はどうなっているのでしょう。見に行きたい気も致します。


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静岡鉄道駿遠線上新田駅1968年 [軽便鉄道]

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 2009年1月も今日31日土曜日でお仕舞い、明日から2月になる。早いもんだなあと思います・・・・昨日、お正月って感じだったけど・・・・。

 1月のブログ更新も、先ず先ずのインターバル・・・・こんな感じでやって来れました。
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 日々の、皆様のコメントが、随分、愚図な私の背中を押して下さいました。感謝です。

 ・・・・・で、今月最後のネタは・・・・・

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 昭和30年代前半ごろには日本最長の軽便路線として知られていた静岡鉄道駿遠線も、段々と路線が短縮され、1970年・昭和45年の8月末で、最後に残った、新藤枝~高洲~大洲~上新田~大井川の6.3kmが廃止となり、長い歴史に終止符をうちました。
 大井川から先が廃止され、上記の6.3kmになった駿遠線に、1968年・昭和43年9月に乗りに行きました。終点の大井川駅まで、あとひと駅の上新田で写真を撮って帰ってきたのですが、その上新田駅での写真を御覧下さい。

 静岡鉄道駿遠線・上新田駅・1968年 

(1) 新藤枝から気動車の列車に乗って、三つ目の上新田駅に降り立ちました。別に理由は無いのですが、なんとなく、降りたくなって・・・・・。
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(2) キハD18以下二両編成の新藤枝行きが出て行きます。
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(3) 上新田駅は、無人化され、駅舎には駅員さんの姿はありませんでした。
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pen-para.gif icon-tsuika.gif コメント頂いた、駅本屋側面に下げられた箒と、電柱の右脇のポンプを拡大してみました。昔は殆どの家庭にあった、こんなポンプも、なかなか見られなくなりました。(2009. 2. 1 追加)
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(4) 私が訪問した一ヶ月前に、大井川駅~堀野新田駅間が廃止になっていました。その公示が残っておりました。
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(5) 駅舎の裏の家では、製作途上の達磨さんが干してありました。近所に、達磨市の開かれるお寺でもあるのでしょう。
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(6) この駅での列車交換は無い様で、新藤枝方面行きの列車は、もう、このホームには入ってこないと思われました。
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(7) 場内信号機の腕には、バッテンが取り付けられ、使用していないことを示していました。
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(8) 信号機の梃子・・・・裏表がセットになっています。
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(9) ホーム上にあるトイレ・・・・この佇まい、ご不浄とか、もっとストレートに便所と云った方が似合いそうです。
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(10) 手洗い器は、金属製だったか、合成樹脂だったか忘れました。見たところ、プラスティックですね。「大」の方の扉には「木片」を回転させる「止め具」が付いています。何処ででも見られた方式です。
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(11) 新藤枝行の4両編成の列車が来ました。先頭はキハD19、二両のトレーラーを挟んで、最後尾は気動車。
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pen-pc.gif この日の旅の記録、他のときの記録、静岡鉄道駿遠線の各種資料は、私のホームページ「む~さんの鉄道風景」の「静岡鉄道駿遠線」に、大量にありますので、お暇なときにでも、ご覧になって見てください。
 URLは下記。
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link23-shizuindex.html

coffee.gif では、今回はこれでお仕舞いと致します。また、次回、来月に、お目に掛かりましょう!


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軽便鉄道:静鉄駿遠線:オマケ [軽便鉄道]

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pencil-purple.gif 今日は、涼しい一日でした。窓を開けて、短パンで居ると寒いくらい・・・・高原って感じです。昨夜は、にわかの大雨、雷は鳴るわ、停電はするわで、大騒ぎでしたが・・・・・。

 今日は、特に話題も無いので、更新をサボっちゃおうと思ったんですが、先日の静岡鉄道駿遠線のオマケ画像を並べてみます。

 続・静岡鉄道駿遠線1958年 

 1958年・昭和33年4月、大学の春休み、一泊二日の旅。浜松で一泊して、一日目が静岡鉄道駿遠線二日目が遠州鉄道奥山線でした。その静岡鉄道駿遠線を先日、書いたのですが、その時のものです。
 国鉄東海道本線藤枝駅前に有った、新藤枝駅を出て、相良~地頭方~三俣~横須賀~袋井に至る本線(・・・・と云うか)と、新藤枝から、同じ藤枝市内の大手駅に至る支線がありました。大手駅には、工場があり、留置してある車輌も多かったのです。

 その、大手駅の構内に可愛い客車、ハ2が居ました。大正2年12月、大日本軌道製、木造の車体で、全長8.1m、幅1.9m。木造で、自重3.5t、定員は、座席14人、立席34人・・・・ちょっと、立席が多すぎる気もするけれど、工場で見せてもらった諸元表には、そう書いてありました。

 車体の色は、昭和33年当時は、マルーンで、実に整ったスタイルの、いい感じの可愛い客車でありました。後には青と黄色の二色になりましたが・・・・・。

(1) こんな客車が、小さなBタンク蒸気機関車に牽かれて走っていた時代があったのです。私も、子供時代に、袋井の駅で、小さな蒸気機関車を見たような記憶がちょっぴりですがあります。
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(2) 台車の部分です。車輪径は508mm。
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(3) ステップに足をかけると、ゆらりと揺れたりしますが・・・・車内に入ると。
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(4) 車内の広告。袋井駅から直線距離で2.6km、貫名山妙日寺、山号は、「かんみょうさん」かしら?お寺の名前は「みょうにちじ」だそうで、日蓮上人の両親のお墓があるそうな・・・・・。「はまざき」さんの広告は、昭和の初期の雰囲気があります。
 天井の電灯は、ちゃんとした、グローブが付いています。電灯の電源は、車体側面に積み込んだ蓄電池で、床下に発電機は無く、機関車からの給電ケーブルも見つからないので、いちいち、充電しているらしく思われました。ここでは、客車は混合列車の貨車の後部に付くので、機関車給電は難しそうです。
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pencil-purple.gif 後年・・・・昭和35年3月に、写した、客車「ハ23」の蓄電池収納室です。 

5) 車体側面の蓄電池室の扉。掛け金を外して蝶番で上に開きます。室内灯と、尾灯のスイッチが見えます。車内でなく、車外からしか操作できないところが、如何にもケイベンです。
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(6) 扉を開いたところです。チェーンで閉まらないように引っ掛けます。蓄電池はありませんでしたが、接続用のケーブルが見えています。ちょうど、座席のお尻の下になるわけでしょう。
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icon-tsuika.gif 追加画像です。

 1964年3月、大手工場で発電機と蓄電池を載せた客車を見ました。

(い) 電車形の客車(こういう表現で良いかどうか・・・・)で、ハ100番台の客車があり、専ら気動車が牽引して居りましたが、ハ108という、バス窓の客車が居ました。床下に、蓄電池を収納するケースが見えます。そして、右側の台車には発電機が見えます。
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(ろ) 発電機部分の写真が撮ってありました。台車に装着されて居ます。 
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 ハ2の写真を撮った、1958年当時、電車形の客車は既に有りましたが、発電機を搭載していたか如何か、確認しておりません。1958年に、ハ106という客車を撮った写真は有るのですが、床下に蓄電池収納箱はありますが、中身は無い可能性もあるように見えます。発電機の確認もしておりません。

icon-tsuika.gif icon-tsuika.gif コメントいただきました、ご参考になるかと、鉄道車両用発電機の事ですが、発電機の拡大画像を再追加いたしました。

(は) 発電機には端子が4つあり、リード線も4本、接続されています。如何いう仕組みになっているのか、わっぱり判りませんが・・・・。
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・・・・・と、まあ、こんなところでお終いです。


coffee.gif では、また、次回にお目に掛かりましょう!!!


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軽便鉄道:静鉄駿遠線新藤枝駅風景 [軽便鉄道]

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pencil-red.gif お早う御座います。8月11日にアップロードした、静岡鉄道駿遠線の駅風景1958年・昭和33年の、その2年後のお話をしましょう。

 私は、大学を卒業し、就職の決まった某中小商社に、まだ、通い始めていなかったか、新入社員の頃だったか、ともかく、1960年・昭和35年3月、朝も早い東京駅を大阪行きの普通列車・・・・客車列車です・・・・で、駅ごとに写真を撮りながら、藤枝駅に向かったのです。静岡鉄道駿遠線に会いに行くのです。
 無事に、藤枝駅に到着、駅を出る・・・・・・・・・。今回は、駅での写真を、部分拡大を交えて、何枚かご覧下さい。鉄道写真というよりも、駅の写真。昭和30年代中ごろの地方の駅風景ということで、ご覧下さい。

 ・・・・・今回は、7駒のフィルムの部分拡大などで、画像数が多くなってしまいました。ま、水増しといえば、そうも云えますね。(笑)

 静岡鉄道駿遠線新藤枝駅風景1960年 

(1) 国鉄東海道本線の藤枝駅は現在は橋上駅となったそうですが、当時は、ごく普通の駅で、北側にだけ出入り口があったのです。そこを出ると駅前広場の右側に、静岡鉄道駿遠線の新藤枝駅がありました。モルタルの立派な建物で、二階の出窓がお洒落です。出窓の下が、駅の、旅客入口です。
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(2) (1)の左の方を見てみましょう。駅付近に定番の自転車預かり所があります。
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(3) ここが、新藤枝駅の入口です。
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(4) (3)を入ると、左に売店、出札口、手荷物預かり所の順に並び、木製の椅子が並び、真正面が改札口です。
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(5) 大きな振り子時計、時刻表・・・・。
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(6) 改札口を通してホームに停めてある客車が見えている。
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(7) ヤマタカ信州味噌は、健在のようです。東京屋さんは、今でもあるのでしょうか・・・・。
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(8) 出札口・・・・大きな温度計もある。
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(9) 静岡までのバスの案内も出ています。
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(10) 出札口の上には、手作り風の運賃表が・・・・・・。
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(11) こちらは、手荷物の一時預かり所。ポアン美容院は、現在もあるようです。
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(12) 駅の正面から入ると左側に売店がありました。上には発車時刻表。
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(13) 時刻表の上半分が、相良・地頭方・袋井方面で、下半分が大手方面。右サイドには煙草のポスター。「たばこは動くアクセサリー」、女優さんは何方でしょう?
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(14) 駅の方にお願いして駅舎の二階に上らせて頂きました。二番線には、機関車牽引の客車列車が居ます。駅の周りを囲む建物は、時代の流入を阻止する壁みたいで、駅構内だけは、昭和初期の雰囲気が漂って居りました。「駿遠運輸」の白壁がインパクトありました。
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(15) (14)の拡大。前年に貨物輸送は廃止され、客車の留置線になっています。国鉄側の貨物扱いは盛んに行われて居りました。
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pen-pc.gif このあと、国鉄藤枝駅に戻り、再び下り普通列車で、静岡鉄道駿遠線が国鉄に接続する、もう一つの駅、袋井に向かったのです。


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 私のホームページ「む~さんの鉄道風景」にある、ページへのリンクです。「Click!」アイコンからでも、右側の文字列からでも、ご覧いただけます。

icon-click2.gif 東海道本線各駅停車の旅

icon-click2.gif 静岡鉄道駿遠線1960年3月


coffee.gif これで、今日のブログはお終いです。また、次回に!!


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軽便鉄道:西武おとぎ電車(下) [軽便鉄道]

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pencil-red.gif お早う御座います。今日、8月15日は、日本が大東亜戦争に敗れた日です。私は、国民学校(当時、小学校は、こう呼ばれていました)の二年生、満で7歳と半分。私の記憶では、お天気は曇りだったような・・・・。子供たちは、今考えると無邪気なもので、みんなで集まって遊んでいた気がする。もう、あれから、63年も経っている。月日の経過の早さに唖然とします。


 さて、今日の軽便鉄道は、西武の、通称、おとぎ電車・・・・西武鉄道山口線の続きです。

 私は、1956年・昭和31年の11月18日・日曜日、兄のオリンパス35-Ⅳを借りまして、一応は、地方鉄道・・・・しかも762mm軌間の、おとぎ電車に乗りに来た。

 西武鉄道・おとぎ電車(下) 

(1) 終点の多摩湖ホテル前駅でおりて、駅近くの岡に登ったようで、列車を俯瞰した写真を撮っています。
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(2) 車庫もあったのです。扉の中には、行楽期に備えて、客車が並んで待機しています。幌掛けの客車も一両居た。
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(3) その幌掛け客車ハ10と記されています。このタイプは、ハ1形と云うのだそうで、先の密閉型がハ21形。暖かな日の遊園地電車といえば、矢張りコレでしょう。
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(4) 庫内には蓄電池機関車が居ました。B11形のトップナンバー
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(5) 足を外された蓄電池機関車、B1形が、架台に乗っていました。一両だけだったそうですから、これがB1なのでしょう。横の扉が全開で、向こうの明かりが透けています。前号でコメント頂いた、バッテリーの格納はここなのでしょう。
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(6) 最後に、多摩湖ホテル前駅の全景です。信号機用のワイヤが二本あります。
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pen-pc.gif これで、西武鉄道山口線・・・・おとぎ電車のお話はお終いです。


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(7) 前回のコメントにありました、森林鉄道、軍用鉄道のボギー台車・・・・アルバムの写真が真っ黒けなので、駄目かと思っていたのですが、フォトショップでいじってみました。多少、見えるようになりましたので、追加いたします。一応、軸バネはあるようですね。(3)のハ10の台車です。
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coffee.gif 次回も、軽便鉄道のお話をするつもりです。ご期待下さい。


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