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国鉄クモヤ93:1959年 [昔写真国鉄]

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pencil-green.gif 1959年・昭和34年10月に、ブローニー・セミ判のミノルタセミPで撮ったフィルムをチェックしていましたら、こんな電車の写真がありました。

■■■ 国鉄・架線試験車・クモヤ93 ■■■

(1) 何処の駅でしょう?私は京浜東北の鶴見駅ではないかと思うのです。友人たちもそのような意見でした。架線試験車クモヤ93が来ました。前照灯を輝かせてゆっくりと・・・・。
 クモヤ93は、1958年・昭和33年4月に製造され、1959年6月、クモヤ93に改番されたとの事。
 高速運転の試験にも使用され、東海道本線の金谷~藤枝間で、175km/hを達成したのは、この写真の1年後、1960年・昭和35年の11月の事だそうです。
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(2) お顔をクロースアップしてみます。二つ上がったパンタは、碍子が賑やかです。
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(3) 画面の右のほうを拡大して見ました。手ブレの所為か看板の文字が読み取れません。
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(4) 駅を出てゆくクモヤ93。三つの前照灯が素敵ですね。
 お隣は横須賀線ですが、ちょうど二等車が写っています。これは、何型でしょうね?サロ45でしょうか?はたまたサロ15でしょうか?
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(5) 二等車をアップしてみました。
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pencil-green.gif たまたま、通り掛ってくれたクモヤ93・・・・精悍なお顔が素敵な試験車でありました。


pencil-green.gif ・・・・・で、話し変わって、同じフィルムに写っていた写真上と同じ日か如何か全然分かりませんが、ほぼ同じ頃し、如何言うシチュエーションだったかも完全に忘れています。ま、普通の記念写真なのですが、撮影場所が分からないと言うのが、気になってクイズ仕立てに致しました。

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 さあ、この写真の撮影場所は何処でしょう?撮影は1959年・昭和34年10月で、大雑把な場所は、東京圏であることは間違いありません。
 
お判りの方は、コメント欄で、お教え下さいます様、お願いいたします。例によって、賞品賞金がありませんが・・・・・。

(6) 人物は私の家の近所の私より5~6歳年下の方で、如何いうわけか一緒に出かけ、何処かのプラットフォームで記念写真。絞りF4.5か、5.6くらいで撮ったらしく、人物にピントが合ってますが、遠景はボケてます・・・・これが惜しい。
 国電区間でもかなり大きな駅で、ホームは曲がっていて、向こうのほうにトラス橋。右の73系電車はかなりの長大編成です。
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(7) ホームの屋根はこんな構造。
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(8) トラスはこんなボケ具合で良く分からない。
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coffee.gif ・・・・・と、言うわけで、私の疑問を解いてくださいますようお願い致します



icon-tsuika-blink.gif 1960年撮影の横浜駅の写真を二枚 icon-tsuika-blink.gif

(A) 1960年・昭和35年3月、東海道本線下り列車最後尾より、早朝の横浜駅。頭上の黒いのが東横線のトラス。ホームの中ほどになにやら影のような構造物が見えます。
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(B) 1960年・昭和35年4月東急東横線渋谷行急行のデハ5000系。東海道を跨ぐのは背の低いトラスでした。問題の写真のトラス状のものは、このトラスではないようですね。東横線のトラスの左の端の下方に、なんだか分かりませんが、トラスみたいなものが見えます。これが、問題の写真の「トラス」では無かろうかと思います。
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・・・・・・では、また次回に!!!!


タグ:クモヤ93

のどかな眺め:1964年 [昔写真国鉄]

coffee.gif 目茶、暑い日が続き、愈々、エアコン必要な「夏」になったなあと思っていましたら、今度は雨続き・・・・まるで梅雨。どうにもお天気が安定しません。水の災害も聞こえて来て、益々、天候不順を感じますね。

 皆様、昨日の日蝕は見ることが出来ましたでしょうか?私は、数秒だけですが、11時過ぎに、薄くなった雲の向こうに、見る事が出来ました。実にラッキーな事です。

 お話は、がらりと変わります。
 昨日の花・・・・・と、いってもウチの花ではなくって、お隣の家の花です。綺麗でしょう??あんまり可愛いので撮っちゃいました。
 朝顔です。私の好きな、繁殖力の強い、花が沢山着くタイプ。何と言う品種かは知りませんが、幼い日、お隣の家と、私の家の間の垣根に繁っていた、真っ赤な花の朝顔に似ている。

(い) 色違いですが、勿論、株は違います。
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(ろ) もう一輪、サイドから・・・・・・。
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(は) オマケです。花ではありませんが、これも可愛くって好き。フウセンカズラの実。バックの葉っぱは、朝顔。フウセンカズラの葉は、右上隅にちょっぴり・・・・。
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 季節のお話はこの位にしまして、本題に入りましょう。


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pencil-blue.gif 古い二駒のネガから、またも、部分拡大の水増し画像(笑)。

■■■ のどかな眺め 1964年 ■■■

 1964年・昭和39年12月、所用で、土佐の高知市に行ったのです。往路が飛行機。羽田から徳島経由で高知まで、プロペラ機でしたが、機種は分かりません。YS-11の就航前で、双発の小さな機体だった気がします。帰りは汽車でした。写真は殆ど撮っておりません。お目出度い用事ではなかったので、写真を撮るどころではなかったのです。駅で、スナップを一寸、撮ってありました。それが、この写真。 

(1) 国鉄土讃線高知駅・・・・・いや~、のどかなものですね!!
 駅の跨線橋の上から高松側を見ています。架線の無い駅は空が広いですね。蒸気機関車が、客車の入れ替え中。バックの町の家々も、高い建物も見えず、いかにも昭和中期の景色です。 
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(2) 高松方面を見ています。踏み切りにかかる三本の線路。一番右が本線です。この頃は、まだ、通票閉塞だったらしく、腕木式信号機が優雅な姿で立っています。
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(3) 入れ替え中の機関車は8620でした。
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(4) 係員の詰め所。水道の蛇口の下にあるのは、ブリキのバケツでしょう。ポリバケツでは無さそうです。
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(5) 客車が居ました。オハフ30形。17mの二重屋根。二組の向かい合わせ席に、三枚の窓。見るだけなら可愛らしい客車で、私は好き。でも、乗るとなると、スハ32、オハ35の方が好きでした。
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(6) そのオハ60が居ます。
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(7) オハフ30 64ですが、サイドを良く見れば、かなり痛みも進行しています。サボは何処行でしょうね?窪川行かしら?高知行とは読めそうもありません。
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coffee.gif 以上で、今日のブログは終了です。また、次回お会いしましょう。


お知らせと、D52の戦時型 [昔写真国鉄]

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 こんな案内状が郵送されて参りました。我が町田市のお隣の相模原市、横浜線相模原駅の駅ビルで鉄道写真展があります。

 7月9日(木曜日)~7月14日(火曜日)までの6日間、10時から19時まで(一部例外あり)です。近所だし、昨年見に行っていないので、今年は是非とも行きたいものだと思っております。

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pen-para.gif部分拡大で、写真展の詳細です・・・・・・。
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pen-para.gif 是非、お出掛け下さい。


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 折角の一ページですから、昔の写真を二駒ご覧いただきます。例によって部分拡大で6枚に薄めちゃいました。今回は、貨物用の蒸気機関車、1D1の大型機、D52です。戦時中、乏しい物資で作り上げたD52には、一部、木材を使用したりしたものがありました。

■■■ 戦時型D52 ■■■

 私が高校時代、昭和28年には、まだそんなバージョンの蒸気機関車が残って居りました。デフレクタや、炭水車の上部が木製、ドームは角ばって、いかにも資材と手間を節約って感じです。

(1) 1953年・昭和28年9月、山手線の貨物線、恵比寿駅を通過する貨物列車です。当時、山手貨物線は非電化でしたが、すでに電化工事が始まっており、架線柱が立ち上がってきております。
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(2) 機関車部分を拡大してみましょう。D52131です。デフレクタと、炭水車の上部が木製でした。
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(3) つじでに、機関車の右側の背景を見てみます。ブレとボケですが、当時の街の眺めを覗くことが出来ます。
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(4) さて、撮影日付と場所は変わって、1953年・昭和28年10月品鶴線の多摩川橋梁です。東京側からの撮影ですので、対岸は川崎市。多摩川の川原は、まだ、畑があったりしておりました。立ち木も多く、現在の風景とまるっきり違います。
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(5) (4)の機関車部分を拡大。D52422です。このD52も戦時に製造されたもので、木製のデフレクタが良くわかります。
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(6) 機関車部分をさらに拡大してみましょう。
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pencil-green.gif 昭和20年代の終わりごろ、まだ、戦後を引きずっていた、そんな時代の蒸気機関車風景でありました。


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pencil-purple.gif さて、次回は・・・・・戦後といえば、国鉄のモハ63形電車。その私鉄での姿をちょっと並べてみます。63形を使用した全私鉄を網羅して居らず、一部だけなんですが、そんなところが、わたし流でして・・・・・。ま、お気楽に行こうと・・・・。

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GIFアニメ入門・・・・・ちょっと、遊んでみました。フォトショップでGIF画像を二枚作り、フリーソフトのGIAMで一発、アニメ結合しました。

coffee.gif ・・・・今回はこれでお終いです。では、次回、お目にかかりましょう!!


タグ:D52

東神奈川駅1962年:ある朝に [昔写真国鉄]

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pencil-red.gif 今日は、前回に書いた東急東横線東白楽駅から歩いてもたいした事はない、京浜東北の東神奈川駅のお話です。もちろん、東海道本線だって、通っています。ちょっと離れて、京浜急行の仲木戸駅もあるけれど、今回は触れません。
 
時は、1962年・昭和37年の10月・・・・47年も昔のことです。

■■■ 国鉄・東神奈川駅1962年:ある朝の風景 ■■■

 私は、東神奈川駅の西口前から、頻繁にやって来る横浜市電で西へ入ると終点の六角橋電停。そこから、もう少し奥に入った辺りに住んでいた頃の話です。バスもあって、我が棲家のより近くまで行けましたから、通勤にはバスを使うことが多かったのです。
 私は、何時ものように、この朝も、バスで東神奈川駅に着きました。このとき、私はオリンパスペンを持っていましたので、何枚か、この朝の写真が残っています。

(1) バスから降りた私は、横断歩道を渡り、東神奈川駅の跨線橋の下から、通勤の人たちを写したのです。市バスと市電が写っています。
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(2) 市電は左が1150形、右は単車の600のようです。1150形は軽快なスタイルで、屋根上の押し込み形通風器が素敵なアクセントでした。
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(3) 跨線橋をわたりホームへ・・・・跨線橋上から横浜方面を写しました。73系を連ねた京浜東北の北行、東海道の上り電車153
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(4) (3)の右半分を拡大しました。伊藤ハムSONYの文字のは鮮烈に記憶しています。この辺りも、高層ビルが建っています。平行する道路は、市電が走り、懐かしい眺めです。
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(5) 私は京浜東北の北行のホームに居ます。上りの特急貨物列車が通過してゆきます。
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(6) 機関車部分の拡大です。機関車はマンモス機関車と言われたEH10、TR24台車を履いた貨車はワキ1のようで、サイドに特急の文字が書いてあるように見えます。
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(7) 貨物列車の前半がボギーの有蓋車、後半分くらいはコンテナ貨車で、最後尾のヨには丸い標識があります。どうやら、たから号のようですが、根拠はありません。
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(8) 最後尾のヨを拡大してみました。マークの文字が「たから」に見えますが如何でしょう?
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icon-tsuika-blink.gif icon-tsuika-blink.gif 追加画像です。1957年・昭和32年4月東神奈川駅から新子安よりに少し歩いた場所です。たしかに、第二京浜国道と東海道本線との間に、街路樹は数本しか見えません。しかし、5年後の昭和37年は如何だったか、写していないので、よく判らないのです。この辺りから、反町~横浜新道へ抜ける道路が、昭和32年に、あったかどうかの記憶もありません。
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coffee.gif このあと、73系を連ねた京浜東北の満員電車に押し込まれて、新橋まで行くのです。

 また、次回に・・・・・・・・・・。


東海道電化時の機関車 [昔写真国鉄]

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pen-para.gif 前回、EF58のお話をしたら、もっと古い電気機関車のお話をしたくなりました。東海道の電化にあたり、電気機関車が必要なわけで、やっぱり、鉄道創成期・蒸気機関車時代からのお師匠さん、英国からの輸入になったようですが、詳しいことは判りません。
 EF50と、ED17・・・・どちらも好きな機関車のひとつ。

 東海道電化時代の機関車 

 東海道本線はの電化は1925年に横浜(横浜までは電化は済んでいた)から国府津までが完成、それにあわせて、電気機関車を導入しました。EF50形と、ED17形は、それに当たるらしい・・・・・。 

pencil-red.gif 先ずはEF50形1925年英国のEnglish ElectricとNorth British Locomotiveの合作らしい。当初は、8000形と言ったようですが、のちにEF50となりました。8両あって、1958年・・・・この写真を撮った年ですが・・・・に廃車となりました。まさに、滑り込みでセーフ!って訳。 ひょっとしたら、このEF506は最後のEF50だったかもしれませんが、これはあてずっぽうで、根拠はありません。

(1) 私が写真を撮り始めた、1953年・昭和28年10月東京駅で撮影。角ばった車体、むき出しの台枠、それに開けられた丸い穴、サイドの32個のベンチレータ・・・・・ダブルルーフの客車に合うスタイルは、たまりませんね。
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(2) 前面を拡大してみました。外台枠の先台車、そして主台枠(正式な用語を知りません・・・・)は、板台枠です。
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(3) 場所は変わって、このEF506は、前回のEF58を撮ったときに写しました。東京機関区1954年の2月撮影ですから、Wikipediaに書いてあった廃車年の翌年ですが、年度は同じだから、動いていたか廃車になってたか、アウトかセーフかよく判らない・・・・。
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(4) 前面の扉が開いているのが、少々、気になるところ。若しかしたら、廃車になってたかも・・・・。
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pencil-red.gif こちらは、上のEF50よりも、かなり後の撮影、1959年・昭和34年8月で、場所は国分寺。中央線のローカル貨物用で現役でした。たしか、西国立に廃車になったED17がぞろぞろ居た時代。
 これも東海道電化に際し、輸入された、English Electric製で、1923年の製造。当初の形式は6000形で、~ED52~ED18~ED17となったそうな・・・・・。

(5) ED1721・・・・・前記のEF50そっくりの車体は、Englishu Electric社の当時のカラーだったのかもしれません。良い姿だねえ、ぞくっとします。小型で、よくまとまっていて、如何にも模型化したくなる形です。
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(6) これも、お顔をアップしてみました。この、ごつい所が良い訳で・・・・・。
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pencil-red.gif 以上、参考文献=Wikipedia。


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icon-tsuika-blink.gif コメント欄の「スイスのクロコダイル」の画像を二種追加いたします。何れも、2003年10月末に、瑞西ルツェルンにある交通博物館で撮影したものです。

(A) スイス国鉄の Ce 6/8 Ⅱ です。
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(B) レーティッシュ鉄道の Ge 6/6 です。
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pen-pc.gif 角ばった無骨な車体、地味なカラー、ジャック軸、クランクロッド・・・・素敵な姿ですね。ボンネットと、中央部車体との接合部を詳しく見て来ればよかったのですが・・・・・・・・。


pen-pc.gif ・・・・と、まあ、こんな辺りで、今日のブログを終了っ!!!! coffee.gif


タグ:EF50 ED17

デッキのあった頃のEF58 [昔写真国鉄]

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pen-para.gif 今日は昔話をしましょう。今も人気の国鉄電気機関車EF58ですけど・・・・・・。

 デッキのあった頃のEF58 

(1) お馴染みのEF58です。若いファンの方は、こんなスタイルを思い浮かべることと思います。ネットで調べてみましたら、1952~1958年に製造されたものだそうですが、外観上は前面二枚窓、ステンレスの髭が特徴でした。1960年4月に、京浜東北の新子安駅ホームからの撮影。上り列車で、スハ32が居ますので、多分、各停。
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pen-pc.gif EF58、特に、デッキのあった頃のEF58は、私の好きな機関車のひとつです。デッキ付きのEF581~EF5831は、1946年からの製造なのだそうで、なんたって物資の無い時代の事ですから、今でも、いろいろと悪いお話も聞こえます。でも、惚れた目で見ると、あの節約型の小さなデッキさえ、ステキなスタイルに見えてします。

(2) で、そのデッキの付いたEF58、私が高校二年の頃は、まだ現役で、大活躍。これは、1954年・昭和29年2月東京機関区での撮影で、新旧のEF58が並びました。
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(3) お顔の部分を拡大してみましょう。
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(4) デッキ付きのEF58の牽く列車。多分、(2)、(3)と同じ日かもしれませんが、1954年2月、品川客車区脇の、東海道の下り線でしょう。このEF58はSGを積んでいませんので、暖房車を牽いています。多分、マヌ34だろうと思います。
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icon-tsuika-blink.gif コメントいただきました、走行中のEF58に前方に写っている白帯の客車。深い屋根、台車、窓配置・・・・マイネ40の様です。左側のダブルルーフの小窓ずらりの客車は、スハ32みたいです。
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(5) このデッキ付きバージョンのEF58、その後、車体を、最初から流線型で製造されたEF5835~同様の流線型に載せ替え他の改造を経て、お馴染みのEF58になりました。要らなくなったEF581~Ef5831の車体は、この写真の凸形車体のEF13に載せた結果、これまたお馴染みのEF13になりました。(昭和28年9月:新鶴見で撮影)
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(6) 歯車比変更などで貨物用バージョンのEF58があり、これがEF1832~34なのだそうで、この写真は何時撮ったのかは忘れましたが、東海道本線焼津駅です。静岡近辺のローカル運用だったようですが、詳しいことはわかりません。
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(7) (6)を拡大してみました・・・・・。
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coffee.gif 何だかまとまりが悪いけれども、EF58旧車体バージョンのお話は、これでお仕舞いです。


タグ:EF58 EF13

1953年:新鶴見の9600 [昔写真国鉄]

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pencil-red.gif 2009年・平成21年3月27日・金曜日・先負・・・・・寒いです。昨日なんか雪が降った・・・・ちょっぴりだったけど。
 でも、春は確実に近づき、種々の春の花が咲き始めています。我が家の鉢植えの桃の花は開き、鉢植えの山椒の若芽も出始めました。

(A) 2003年春に頂いた花桃の鉢も、7回目の春です。これでも、実がなりましてね、ちゃんと食べられます。私が食べたわけでは無いけれど、食べた方はそう仰ってました・・・・甘いそうです。
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(B) 山椒の芽です。差し当たり、冷奴だな・・・・・。
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pencil-red.gif ・・・・で、今日のお話は、1953年・昭和28年の12月。私は高等学校一年生。何時ものように、自転車に乗って、ガス橋を渡って、やって来たのは、国鉄屈指の貨物操車場「新鶴見」です。コンソリデーションタイプの蒸気機関車9600形は私の好きな機関車のひとつです。製造初年1913年と言いますから、大正2年です。昔々大昔に造られましたが、じつに美しい姿の機関車です。もちろん、バッファーとスクリューの連結器がつき、真空ブレーキが付いておりました。勿論、写真は1953年ですから、自連に空気ブレーキですが・・・・・・。

 1953年:新鶴見の9600 

(1) 新鶴見操車場南端に近いあたり入換に励む9600形蒸気機関車。デフの無い美しい姿です。
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(2) 機関車だけ拡大してみましょう。ますます、美しく見えます。
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(3) 更に煙室あたりを拡大。ナンバーは29669でしょうか・・・・・・・。
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(4) 機関車右上のタンク車を拡大して見ましょう。
 この細身のタンク車はなんでしょう
タキではなく、タサなのでしょう。更にサイドに書かれた文字が読み取れないのでさっぱり判りません。一番右が「突放禁止」、次は「ナンバーとガソリン専用」・・・・この頃は揮発油だったかしら。なんだか、もやもやした大き目の文字。左端のマークが気になります。日本石油のマーク(蝙蝠)みたいな気もしないでもありません。この頃って、『蝙蝠マーク』と『星にカルテックス』が並んでいた気もする。・・・・結局、よくわかりません。降参です。(笑)
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(5) 機関車の左後方、三両の有蓋車。左から、ワム23000、ワム50000、ワキ1000・・・・かな???
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(6) 一番奥・・・・・大物車が二種見えます。形式は判りませんが・・・・・。
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coffee.gif 1953年・昭和28年12月・・・・・56年も昔の、ぼやけた記憶からのお話です。


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 コメント頂いた、ワキ1000の走行中の姿です。昭和28年9月新鶴見で撮影した「急行貨物列車」で、凸形のEF13ワキ1(一両め)とワキ1000(2、3両め)の列車を引いています。オレンジ色の帯がステキでした。
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 凸形のEF13好きでしたが、戦時設計と言うことで、デッキ付きEF58を流線型EF58に改造するとき、車体を頂いて、EF12、EF15みたいな姿になりました。


タグ:9600 新鶴見

新鶴見操車場1954年 [昔写真国鉄]

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pencil-red.gif お早う御座います。毎度のむ~さんで御座います。朝から冷たい雨、寒いなあ。暖房は電気とガスなので、検針日が怖い・・・・(笑)・・・・っては居られませんけど。

 今日は、昔の国鉄、昭和29年の新鶴見操車場の写真を少々。
 1954年・昭和29年の3月ですから、私は高校の一年生で、これから二年になる頃です。成績が上がらないのに、鉄道趣味の方は度数がアップして来た頃です。土曜日などは、学校から帰ると、当時のことですから、重たい自転車・・・・実用車って言ってましたが・・・・に乗って、カメラを斜めがけ、大田区の自宅から、東急の目蒲線・下丸子駅、キャノンの前を通り多摩川に架かるガス橋という、主役はガス管で、歩行者・自転車専用の通路がオマケでくっついてる橋を、おっかなびっくりで渡って、国鉄南武線・平間駅を通り、関東では有数の大操車場、新鶴見に通ったという訳です。
 貨物列車や貨車の列、ハンプに蒸気機関車が押し上げられ、坂を下る貨車はそれぞれの線路に分けられてゆく。そんな作業を飽きもせずに眺めておりました。そして、時々、シャッターを切る。

 そんな写真を少々・・・・・・・。

 新鶴見操車場1954年 

(1) ゆっくりと貨車の列をハンプに押し上げてゆくD50。東海道本線箱根越えで客車列車も牽引とか、優等列車の後補機で活躍した強力機関車9900形・D50の余生は、地味なものでしたが、たくましい姿は、素敵なものでした。私の好きな機関車でありました。奥のほうには、D51や、EF12らしい電気機関車も写っていますが、拡大しても良く分かりません。
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(2) 右手奥の、屋根がかけてあるあたりが頂上で、そこから切り離された貨車は、照明灯のタワーの立つあたりの仕分け線に配分されてゆきます。ご覧の様に、ハンプは複線で、頂上付近にもう一本を押し上げる機関車の煙が見えます。
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(3) (2)の部分拡大。ハンプの頂上あたりです。右下の貨車列は、当時はいくらでも見ることの出来た、三軸のトキ900のようです。
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(4) カーリターダーの空気の音を思い出す、仕分け線。タンク車は、たしか、アルミナ専用のタキ20000(数字に自信なし)。当時のTMS、スタイルブックに出ていたので覚えております。左はワム23000、右はワム50000だったかなあ・・・・。
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(5) リベットがずらりと並ぶ二軸のタンク車、タ718は、ドームがちょっとセンターをずれており、古典的風貌の可愛らしい姿。車輪が、左はディスク車輪、右がスポーク車輪です。
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(6) 木造の冷蔵車、レ2900は、米軍御用達だったのでしょう『WHEN EMPTY RETURN TO HIGASHI-YOKOHAMA 』、『FREEZER CAR』の文字が並ぶ。天井に氷室があり、記号には『レテ』と記されていました。これも、『時代』です。
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coffee.gif こんなあたりで、今日はおしまいです。ご退屈様・・・・。


モハ32・飯田線・1955年 [昔写真国鉄]

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pencil-red.gif 1月30日付で書いた昭和29年夏の飯田線のモハ32(モハ14~クモハ14)ですが、翌年の春、1955年・昭和30年の3月にも、お目に掛かっています。
 高校の修学旅行が、京都&奈良。東京駅発・昼行の電気機関車(~名古屋)&蒸気機関車(名古屋~)牽引の客車の貸し切り列車で、東海道を下り京都まで。急行みたいな走りでした。
 豊橋でモハ32・・・・と書いてしまいますが、この頃はモハ14ですか・・・・でも、モハ32が気持ち的にしっくり来ます・・・・に遭遇、さらに、豊橋を出て、走行中のモハ32と、レースをやってしまったのです。

 モハ32/モハ14 飯田線 1955年 

pencil-red.gif 私たちの乗った、EF58(たぶん・・・・・)牽引の客車の貸切列車は豊橋駅を過ぎる。乗っている客車は、サイドの窓の感じで、どうやらスハ32です。 

(1) 豊橋駅を出て直ぐの右側には、飯田線の基地があり、沢山の電車・機関車が休んでおりました。モハ32がダブルルーフのトレーラーを従えて停まって居るのが写っています。モハ32で半分隠された箱型の電気機関車はED21(日立)でしょうか・・・・・。
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(2) 暫く走ると前方に飯田線の電車を発見。最後尾はクハニ67 みたい です。
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(3) かなり追いついてきました。 クハニ67  クハユニ56の荷物室の大きなドアが良く判るようになりました。
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(4) もう一寸で追いつきますが、そろそろ、飯田線ともお別れ。飯田線の電車は、4両編成で、電動車はモハ32らしい。サボは何となく辰野と読めないでもありません
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pen-para.gif icon-tsuika.gif  訂正と御礼 
 最後尾の車輌を拡大して追加いたしました。コメントでご指摘下さって、早速、原画像をよくよく見ましたら、間違いなくクハユニ56ですね。郵便マークらしきものも確認できます。ついつい勢いでクハニ67と書いてしまいました。アドバイス、有難う御座居ました。ノーシル・ノーヘッダーのスマートな車体の筈なのですが、側板、前面の工作が悪く、ぼこぼこしているのが惜しい。
 拡大して判った事、もう一つ、サボは「辰野」でした。
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(5) おお、小窓が連続する二両の電動車は、どうやらモハ32です。
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(6) 遂に追い越しですがカーブに掛かって飯田線は右に切れて行きます。モハ32・・・・美しい!!窓下の「 Ⅲ 」のマークも懐かしい。たしか、モハ32からモハ14に改番されたのは、二年前の昭和28年だそうです。そして、数年後にクモハ14と変わりました。二両目はクハ47でしょう。右端、 クハニ67 クハユニ56は便所装備で流石は196kmの飯田線です。
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coffee.gif モハ32の美しいサイドビューを眺めたところで、お仕舞いと致します。では、また!!


特急つばめ・1956年・京都 [昔写真国鉄]

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pen-para.gif 今日はネタ切れの昔噺でお茶を濁しましょう。昔々、む~さんという大学生が居りまして、四国は高知に旅したのですが、その帰りみち、京阪神の電車見物で、神戸にニ泊の後、朝の三宮から各停・・・・もちろん蒸気機関車牽引の客車列車ですが・・・・で、次の目的地、名古屋へ向かいました。1956年・昭和31年の7月のことでありました・・・・・・・・・・。

 特急つばめ・1956年・京都 

pen-para.gif そして、京都駅、特急退避で長めの停車。やってきたのは、上りの特急つばめ号。一枚だけ撮影して居りますので、その一齣を、5枚の画像にしてしまいました。

(1) 一番線に特急つばめの到着です。
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(2) スハフ35~スハ44・・・・・の客車たちが美しい。
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(3) 機関車はC6216。なんたって、特急つばめは、日本を代表する花形列車です。
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(4) ホームのお客さんたちは、何となくのどかな感じに見えます。
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(5) 右上の案内板・・・・左から、方面、金沢、東京、名古屋かなあ・・・?一番右の三文字は何だろう?アタマがちょっと飛び出している感じがします。
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coffee.gif 今日は、こんなところで失礼致します。また、次回!!!


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