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可愛い電動貨車:東急デト3010形 [昔写真関東]

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■■■ 可愛い電動貨車:東急デト3010形 ■■■ 

 私は幼い頃から東京急行電鉄池上線を見ながら育ちました。踏み切りで電車を待ち、そして見る・・・・だけでなく、お友達と、雪ケ谷大塚駅の傍にある車庫で遊んだものです。戦災で焼けた電車の残骸があったり、ぶっ壊れ寸前の有蓋車(電動貨車だったろうか・・・・)が倉庫に使われて居たりしました。昭和20年代前半のことですから、おおらかなもので、車庫から追い出されると言う事もありませんでした。そこの片隅に、「電動無蓋車のデト」が居たのです。素っ頓狂な形で、ボクたちはみんな、このデトが好きだったのです。「デト電」なんて言ったりしました。

pen-pc.gif 長じて、高校生となり、カメラを持ち歩くようになって、雪ケ谷の車庫へ行きますと、そのデトが未だ居ました。

(1) 1954年・昭和29年5月、車庫の端の側線にデト3014は体を休めていました。車体はかなり草臥れて居りました。左に見える貨物用と思しきホームは、私が小学生時代に遊んでいた頃と、あまり変わっていないように思えました。
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(2) ちょっと、クロースアップしてみましょう。小さく可愛くまとめられたデザインで、車体中央にパンタグラフを載せた鉄製の櫓があります。これが、またキュートで・・・・・。
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(3) 真横から見てみましょう。全長7mほど、自重8.75屯、電動機は48kwのが二個とWikipediaで読みました。製造所は何処だったのでしょうか・・・・・・。
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(4) やぐらとサイドの東急の社章。この東急の社章は結構好きでした。現在の東急グループ統一フォーマットの社章・・・・CIって言うんでしょうか・・・・よりもずっとずっと好きです。
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(5) 運転室を覗いてみましょう。コントローラが見えます。右はブレーキ弁でしょうか?手ブレーキのハンドル状のものは見えません。この写真を見る限り、空気ブレーキのエアタンクとか、コンプレッサとか、良く分からないので、本当のブレーキ方式は何だったのでしょうか。
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pencil-blue.gif 約一年の月日は流れて、1955年・昭和30年4月、またも、雪ケ谷の車庫へやって来ました。

(6) デト3014が居ました。定期検査も終わって、木造の部分も新しい感じで、ペンキの黒も鮮やかだったことを覚えています。きっと、動くようになったんだよなあ!と思ったものです。
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(7) 形式 デト3010、荷重 7.0頓、自重 8.75頓とあります。
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 私は、とうとデト3014出動の雄姿を見ることは出来ませんでした。


pen-para.gif 話はデト3010から少々外れます・・・・・・・。

(8) 1954年・昭和29年4月に、大井町線二子玉川園の側線に留置されていた、ト3066とト3065。こんな無蓋車が東急には30両近くが居たのだそうで、多摩川の砂利輸送に使われたのかもしれません。新丸子から多摩川沿いにかなり上流のほうまで貨物線があり、終端辺りでは、水の溜まった砂利穴の中に消えていたのを見た事を覚えています。
 そんな無蓋車ですが、このデト3010に、2両ほど牽かせてみたいと思いました。きっと、素敵な工事列車になったことでしょう。
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(9) 画像を加工していたら、端っこにこんなものが写っていましたので拡大しました。終戦後、進駐軍によって踏切に取り付けられた標識です。白い木製で、バッテンには黒字で「RAILROAD CROSSING」、下の横位置の板には、「2 TRACK」とか書いてありました。この先踏切ありの、黄色に黒字の標識も覚えています。
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pen-para.gif 更に三年の月日が流れました・・・・・・。 

(10) 1958年・昭和33年5月、某大学の学生になっていた私は、鉄道研究会の見学会で、東急の元住吉工場に行ったのです。あの、デト3014は、同僚のデト3015と組み合わされて、構内入換車として、活躍中でした。動いている姿を見たような気もしますが、見なかったかもしれない・・・・記憶はぼやけています。デト3010形は、元々600V車でしたが、2両で4モーターの1,500V仕様になっていました。
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pen-pc.gif たしか、1970年・昭和45年に廃車になったと雑誌で読みましたが、1926年・昭和元年の製造との事ですから、44年の生涯でした。


pen-para.gif オマケです・・・・・・。

(11) これは、(10)の見学会のときに目撃した、同じ頃、作られた電動有蓋貨車デワ3000形のデワ3001が、集電装置を外され、放置みたいな格好で、置いてありました。向こうに見えるのは、電気機関車デキ3020形3021
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pen-pc.gif 東急の貨物電車の思い出話で御座いました。


coffee.gif 今回は、こんな辺りで終わりと致しましょう。
 では、また次回に・・・・。


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のどかな眺め:1954年 [昔写真関東]

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pencil-blue.gif 今回も、お古い辺りのお話です。前回より、更に10年遡ります。1954年・昭和29年10月撮影のネガが二駒。帝都高速度交通営団丸の内線開通が、1954年・昭和29年1月20日。そんな頃の、同線、後楽園駅。

■■■ のどかな眺め 1954年 ■■■

 1954年・昭和29年10月、私は地下鉄丸の内線の後楽園駅にやって来ました。本郷三丁目を出た電車は、地上の高架線となり、体育館みたいな高いドーム状大屋根の後楽園駅、そのまま地上を走り、車庫のある茗荷谷駅、また地下に入って、新大塚から池袋に至るのです。

 其処を走る電車は、当時としては、もう吃驚!!18mの真っ赤な車体、白い帯。片側3つの両開きドアは今では常識ですが、当時としては実に先進的でした。車内は、緑の床、桃色の壁、臙脂のシートも驚きの新趣向。エアコンは無いのが当たり前の当時に、ファンデリア通風。そして最大の特徴は、米国渡来の新技術、WNドライブの静かな走りは、新時代の電車そのものでありました。

(1) 向こうのカーブを曲がって、池袋方面から御茶ノ水行の300形2連が来ました。300形は両運で、平たい二重屋根がが素敵でした。
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(2) 電車をアップにしてみました。方向幕の両側には、行き先によって青と、オレンジのランプが点きました。腰板の二つの前照灯も新しい。
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(3) 更に拡大・・・・サイドの白帯にはクローム鍍金の絡み合うサインウエーブ
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(4) ホームの向こうの空。早稲田~市ヶ谷の丘陵地が見えているはずですが、目立った高い建物もありません
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(5) これは、撮影に日は違うと思われますが、同じ10月です。後楽園駅から本郷三丁目方面、本郷の台地が見えています。後楽園駅を出た300形電車が、御茶ノ水に向かいます
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(6) 向こうのトンネルの上は、春日通りの電車通りの筈です。
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(7) 300形の顔をクロースアップしてみました。今見ても、決して古くない、良いデザインだと思っています。
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(8) 現在、文京区役所のある辺り、なにやら工事中。電車の左側のビルは、講道館かしら・・・・。
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(9) 本郷の丘には、高い樹木が見えます。いまでも、ここにあるかしら??
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coffee.gif この、お古い写真は、すでに、このブログでも取り上げている筈なのですが、改めて、恒例の部分拡大で、ご覧頂きました。

 ・・・・では、また次回に!!!!


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東急東横線1955年新丸子 [昔写真関東]

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pencil-red.gif 1955年4月、高校の3年生になったばかりか、なる前の春休みの事のようですが、東京急行電鉄東横線の多摩川橋梁から新丸子駅までの間で写した写真たちです。
 カメラは、オリンパス35-ⅣでズイコーC/F3.5、40㎜(3枚構成)のレンズが付いていました。そんなカメラを肩から斜め掛けにして、自転車・・・・・実用車と呼ばれた、頑強一点張りの重いヤツ・・・・・に乗って、家から2kmも無い、この場所まで行きました。

■■■ 東急東横線1955年 ■■■

 1955年・昭和30年4月・・・・東横線はこんな電車たちが乗客を運んでおりました。

(1) クハ3751+デハ3700×2の美しい編成、桜木町行。橋梁も架け替えられ、電車も現在の20m車の8連と対比すると嘘みたい・・・・。
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(2) クハ3676と、デハ3700と思しき電動車2両の渋谷行。
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(3) デハ3450のトップナンバーは荷電になっていました。坂を上れば多摩川の鉄橋です。
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(4) (3)を電車の部分だけ拡大してみました。初期の3450は、前面に折り目があります。
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(5) クハ3780のお相手は何だったんでしょう?
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(6) クハ3671は、国鉄のクハ65みたいです・・・・・。
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(7) クハ3860は、待っても乗る価値ありの、乗り心地の良いスマートなクハでした。
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(8) 新丸子折り返しの渋谷行きが新丸子駅を発車して来ました。50両の大所帯、デハ3450×2と、クハは何でしょうか・・・・フィルムの順序からいうと、(7)のクハ3860の可能性、大です。
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(9) (8)の、デハ3461の部分を拡大してみました。(3)(4)のデハ3450と較べると、前面は緩やかなカーブを描き、3450の角ばった印象はありません。そして屋根も三角形と言うか、スマートな感じです。
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coffee.gif これで、1955年・昭和30年の東横線のアルバムを終わります。


タグ:東急 東横線
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東武池袋駅1954年 [昔写真関東]

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pencil-red.gif 今回は一寸地味な電車を・・・・・。東武鉄道東上線池袋駅で見かけた電車。時は、1954年・昭和29年10月の事でした。

■■■ 東武東上線池袋駅1954年 ■■■

 高校2年生の私は、部活の秋の文化祭、展示用の東京の私鉄写真を撮りに都内を回ったのです。各社、2~3枚。池袋では東武の写真を二枚撮ったんですが、それこど、行き当たりばったり、選定基準もあったものではありません。たまたま、駅に居た電車をちゃっちゃと撮って、次に回ったようです。

 その、二駒のネガから部分拡大などで6枚の画像を作りました・・・・・・。

(1) 東武東上線の電車が出て行きます・・・・入って来たのかもしれませんが・・・・。もう、絵に書いたような、東武鉄道らしい電車です。良く言えば味のある、重厚な電車。悪く言うと、鈍重な野暮ったい電車。当時は、どうも好きになれませんでした。年を経て、段々、好きになってきたわけですが・・・・。
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(2) 先頭の電車は・・・・運転士の姿が見えないところを見ると、どうやら最後尾らしいのですが、クハユ290形。郵便室付きと言うのが、いかにも東武です。「荷物」のサボを下げていますが、二両編成の荷物列車でしょうか・・・・。
 如何です!この窓の小さい、リベットだらけの車体、屋根にはお椀形通風器、素晴らしいではありませんか!
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(3) 向こう側の電動車は、車体の裾の切れ込み、大きなパンタグラフ、お椀のベンチレータ、ドア間10枚の客室窓。モハ3210形と思われます。
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(4) (1)の左端のでっかい広告看板。南房総の広告で、「特急ロマンスカー運転!」とあります。京浜急行に詳しい方に聞きましたら、どうやら、これは京浜急行の広告との事。ロマンスカーは、前年の昭和28年、運転開始の特急のことで、形式はデハ500、2ドアのセミクロスシート車。
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(5) 二駒目は、こんな写真。
 私は東武さんには詳しくないので形式はわかりませんが、如何にも東武ってクハと2扉二段上昇窓の付随車みたいなの、そして大きなパンタの電動車の三両編成と見ました。東上線で良く見られた、Mc-T-Tcの編成のようです。サボは「川越市・KAWAGOESHI」と「準急」です。
 そして、右側の電車、つい先日までは、これは、国電赤羽線のモハ73だと思っておりました。
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(6) 拡大してみましょう。自動連結器つき・・・・東武の電車、国鉄モハ63の払い下げで73系・・・。サボは、はっきりしませんが、横書きの成増・池袋で納得しちゃう文字に思えます。
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coffee.gif ・・・・と、言うところで、今回はオシマイと致しましょう。


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京浜急行1960年 [昔写真関東]

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pencil-red.gif 前回に引き続き、京浜急行のお話。以前スキャンしたデータを入れてあるフォルダの中に、こんな画像がありました。現像定着処理がまずかったのでしょう・・・・残滓の薬品が析出し、酷い事になっています。2001年にスキャンしてこんな有様でしたが、現在は、フィルムのカーリングが進み、スキャン不可能になっています。

pencil-red.gif 1960年・昭和35年の3月、会社員としての第一歩を踏み出す前か、後かははっきりしませんが、まあ、そんな辺りの事です。む~さんは、前年末に就職祝いで買ってもらった、新発売直後のオリンパスペンを持って京浜急行に乗りに行ったようです。この時雄画像データは、この4駒しかありません。

 京浜急行1960年 ■

(1) 品川から特急に乗ったようです。電車は立会川駅を通過して、大森海岸駅に向けて勾配を登り、第一京浜国道をオーバークロスするのですが、カーブが急ゆえ、50kmhの徐行運転。
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(2) デハ700の運転台です。左端に当時は運転士が扱っていたドアスイッチが見えます。駅は京浜川崎駅らしく思えます。開けた階段を上がって、急いでくる人が写っています。当時はたしか、特急は蒲田に停車しなかったので、たぶん、川崎でしょう。(とは言うものの、京浜蒲田駅かもしれません。自信が無くって済みません!)
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(3) ドアスイッチあたりを拡大してみました。いま、16時10分ですね。スイッチの上においてある時刻表の停車の文字の上半分は、花月園です。競輪の日に特急は花月園前に停車したかどうか、良く分かりませんが、そんなわけで、特急で無いかもしれません。もう、完全に完璧に忘れております。
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(4) これは、間違いなく、京浜川崎駅です。私の好きな、デハ230の急行が写っています。
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(5) む~さんは、京浜川崎で下車して川崎市電を見ています。
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(6) バックのデパート「小美屋」が懐かしい。屋上に展望台みたいなのが見えます。現在は、DICEですか・・・・。
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coffee.gif 今回は、前回、前々回に続いて京浜急行の画像を並べてみました。
 では、また次回!!


タグ:京浜急行
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京浜急行デハ500:1955年 [昔写真関東]

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pencil-red.gif こんばんわ、む~さんです。今夜は、京浜急行のデハ500とクハ550のお話を少々。

 京浜急行デハ500とクハ550 ■ 

(1) 1955年・昭和30年の4月のことですから、私は高校3年になったあたりですね。例によって兄のカメラオリンパス35-Ⅳを持って、重たい実用車といわれた、ふつ~の自転車をこいで、6kmほど、京浜急行の雑色~六郷土手あたりまで、デハ230を見に行っていました。どの辺だったか忘れましたが、左側に宮田自転車のマークが見えるので調べれば分かるのでしょうが、まあ、その辺ということで済ませてしまいます・・・・いい加減で、ごめんなさい。
 電車の音であわててカメラを構え、シャッターを切ったので、こんな中途半端な写真になったのでしょうね(笑)。
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(2) 電車の部分を拡大してみました。セミクロスシートで2ドアの急行用電車で、左がデハ500、右がクハ550です。デハ230の好きだった私ですが、このデハ500とクハ550は別格で、見るとどきどきしたものです。乗ったときは、クロスシートではなく、運転台の後の席に座るのは、当然でした。
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(3) 翌月、1955年・昭和30年の5月に、品川駅に私は居ました。並んだ、デハ500とクハ550を写しています。前面の窓に横棒の入っているデハ500より、すっきりしたクハ550の方がお気に入りでした。
 子供たちは、三浦半島への遠足なのでしょうか、観音崎かしら、鷹取山でしょうか・・・・・うれしそう!!。
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(4) 右側のデハ500を拡大します。久里浜行特急運用ですね。横棒の入った前面の窓も、かえって精悍な雰囲気が出ます。
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(5) クハ550です。尾灯も埋め込みとなり、格好いいこと!!!
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pen-para.gif 前回のブログに大師線を取り上げましたので、今回は、デハ500+クハ550をご覧いただきました。思えば、デハ230と、デハ700/デハ730をつなぐ、重要な電車でありました。

 では、また次回!!!!coffee.gif coffee.gif


タグ:京浜急行
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二色時代の東急電車1960年 [昔写真関東]

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pen-para.gif 今日は、3月1日・日曜日・・・・・早いもので、お正月が昨日みたいです。寒い寒いと言っていますが、周辺では、いろんな花が咲き、春は確実に近づいています。
 2月26日の木曜日(3日前ですが)には相模原市にある、コブシの並木道で、花が開いている木が何本かあり、吃驚致しました。

 今日は、写真を三枚ほど・・・・・東京急行電鉄の電車が、「濃いブルー」と「オレンジの黄色」の二色だった頃の写真です。私が、兄のカメラ「オリンパス35-Ⅳ形」で、電車を写し始めた頃のカラーなので、東急=「この色」と、刷り込まれてしまっています。勿論、その前の、濃い緑色も、良いのですが、写真少年になる前のことなので、記憶が定かではありません。
 そんな訳で、デハ5000の輝くような草色でなく、濁った様な草色一色になってしまった、3000番台の釣り掛け車たちの色には違和感があるのです。
 この写真は、昭和35年に、ハーフサイズカメラ、オリンパスペンで写したもので、フィルムは富士カラーのASA10でした。

 二色時代の東急の電車 

(1) 1960年4月24日東急池上線御嶽山駅の蒲田行ホームの最前部にある踏切から写したものです。クハ3750のトップナンバーですが、五反田側についていた二両の電動車は何型だったのか、とっさには、思い出せません。
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(2) (1)と同じ日、東横線の日吉駅です。現在の日吉駅と、如何にも一致しない眺めですね。桜木町行の各停で、デハ3700×3+クハ3750だったら、綺麗な編成なのですが、良く分かりません。
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(3) これも昭和35年だったと思うのですが、池上線の御嶽山駅です。デハ3400は、もともと非貫通で、両運、片側に運転室があり、片側は最前部まで座席があり、電車大好き少年の陣地でした。
 この写真は、デハ3400の三連で、五反田行き。品鶴線鉄橋上に延びたホームは、いまでも、このときのままの筈です。
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coffee.gif 今日は、こんなところで、おしまいです。また、次回!!


タグ:東急
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東武鉄道1954年(下・終) [昔写真関東]

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pencil-blue.gif 一回飛びましたが、
1954年・昭和29年8月東武鉄道のお話の続きです。三回連載の最終話で、今回は「貨車特集」で、お話を一旦、竹ノ塚駅に戻します。

 東武鉄道1954年(下・終) 

pencil-blue.gifお話は竹ノ塚駅に戻って、長物車チサ104の再録です。

(1) 竹ノ塚駅のチサ104・・・・レールを積み込んでいるのか、降ろしているのか良く判りませんが、まあ、そんな作業中。
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pencil-blue.gif 西新井で電車を写した後、業平橋に向かう途中、鐘ヶ淵駅でワフを写しています。模型化を目論んでいたようです。

(2) 可愛いワフ301形の307。羽目板がだいぶ歪んでいるのが、光線の具合で目立っています。
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pencil-blue.gif さらに電車は浅草方面に向かう。窓から、業平橋のヤードが見えてきました。

(3) 真ん中に写った、小さな直方体の貨車。今回の最大の目的、タ1形タンク貨車居ました居ました!会えました!
 これは、ゼッタイに業平橋駅で降りなければなりません!!
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(4) 業平橋の貨物ヤードに来ました。模型化を前提で資料として撮っているようです。国鉄の貨車の写真は一枚も撮っていません。これは、トフ801形の805。右側の小さな無蓋車はト782です。
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(5) さあ、これが問題のタンク貨車、タ1形の8です。東京都民製造の有機肥料を消費地に供給する目的で作られたタンク車で、木造です。中味が中味なので「突放禁止」も頷けます。端梁にバッファの穴があるところを見ると、古い貨車の改造なのでしょう。
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(6) ワ401形有蓋車403、小さく可愛い貨車で、模型にして列車に組み込みたい感じです。
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icon-tsuika.gif コメント頂きました松葉スポークの車輪ですが、拡大画像を追加いたしました。なかなか優雅なものですね。気持ちの余裕があった時代の生んだ形でしょう。
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(7) ずらりと並んだ「ワ」の群れ。まさに、壮観。
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(8) (7)のワ313をアップにしてみました。この細い板を縦に並べた造りが堪りません。こういう貨車って大好きで。
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(9) ト331形の341。整備完了が『29年8月』ペイントも真新しい新車状態・・・・ひょっとして、新車??
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 業平橋での撮影はこれで終わっています。


pencil-blue.gif 今回は貨車は並べましたが貨物列車の写真がありませんでした。替わりにと言ってはなんですが、5年ほど後になりますけれど、1959年・昭和34年4月、北千住駅で写した上りの貨物列車

(10) 無蓋車をずらりと牽いて61号蒸気機関車の勇姿。業平橋にあるコンクリート工場への砂利輸送かもしれません。61号は英国ネルソン(Neilson・・・・ニールスンとでも読むのでしょうか)の、元・国鉄6250形だそうで、いや、もう実にカッコ良い!こんなのが、日常的に貨物列車を牽いて活躍した居たんです。良い時代に生きられたなあと、つくづく思いますね。
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coffee.gif ・・・・・と、言うところで今日はお終いです。では、また次回!!


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東武鉄道1954年(中) [昔写真関東]

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pencil-green.gif 前回の続きの東武鉄道のお話です。
1954年・昭和29年8月、竹ノ塚から南に下って、西新井から東武鉄道の本社のある業平橋に来ました。目的は蒸気機関車と、模型製作の資料としての貨車を写そうと思っていたのです。

 東武鉄道1954年(中) 

pencil-green.gif 前回のおさらいになりますが、西新井駅のC11牽引の貨物列車を再録します。C11牽引ってところが興味あるところです。

(1) 西新井駅を通過する下り貨物列車・・・・C11牽引
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(2) (1)の拡大写真・・・・機関車次位の国鉄トキ900形3軸無蓋車が無性に懐かしい。この頃は何処へ行っても山ほど居たものですが、何時の間にか消滅していました。
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pencil-green.gif 西新井から浅草行きの電車に乗って到着した業平橋駅。駅前の東武の本社ビルを真正面から入ってゆきました。まるで駅の改札からホームに出るように、ちゃんと出来ていて、昔のホームも残っていました。そのホームが、後の通勤輸送に役立ったようです。東武社内の部課名の表札というか看板というか・・・・に「XX掛」と書いてあったのを未だに覚えています。

(3) お目当ての英国製の蒸気機関車は不在で、米国ボールドウィンの、22号蒸気機関車がいました。絵に描いたようなアメリカンスタイル、英吉利機関車に会えず、ちょっぴり、ガッカリした記憶もある。(勿体無いことを考えた私)
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(4) 拡大してみましょう。片ボギーの炭水車が中々です。国鉄5900似の1913年製。元はD1と呼んだそうです。
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(5) 前から見てみましょう。端梁とボイラーを結ぶステーも良いアクセントです。
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(6) 電気機関車も居たのです。ED451・・・・後のED4020形で1948年東芝製。
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(7) 製造会社・東芝の丸に芝のプレートも付いています。
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coffee.gif 今日は、これでお仕舞いと致します。続きは次回に・・・・・。次回は「貨車」特集になります。


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東武鉄道1954年(上) [昔写真関東]

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pen-para.gif 前回に、東京地区の国電:モハ41が鉄橋を渡るシーンを、常磐線の北千住~綾瀬間の綾瀬川の鉄橋と、皆様に鑑定して頂きまして、有難う御座居ました。その設定で、その後のお話を続けてゆきます。

 1954年・昭和29年8月のお話です。なにしろ、55年も昔のお話ですので記憶はかなりいい加減なのですが、写真はホンモノです。
 常磐線国電区間の綾瀬駅までは、たぶん上野からやってきたのでしょう。下車して、綾瀬川でモハ41を写し、国鉄鉄橋の下流にある橋で綾瀬川を渡り、何処へ行ったのでしょう。東武鉄道小菅駅でしょうか、同じく東武鉄道の五反野駅でしょうか・・・・・完全に記憶は欠落しています。メモすらないのですから、残っているフィルムの画像だけが頼りです。

 ・・・・・そういうことで、竹ノ塚駅まで来ました。先だって、舎人ライナーの終点からバスで行った竹ノ塚駅とは、全く違い、完全な田舎の風景。竹ノ塚まで行ったのは、別になんでもない、お小遣いの範囲で行ける限度だったのでしょう。

 東武鉄道1954年(上) 

pencil-green.gif 竹ノ塚駅です。側線では長物車にレールの積み込みだか積み下ろしだかをやっているのが写っています。電車の写真はありません。

(1) まあ、今の竹ノ塚駅からは想像も出来ないのどかな風景
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(2) この長物車、どうも履歴にいわくがありそうです。端梁にあいたバッファ痕跡の穴、イコライザつきの小型台車
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(3) 東武の線内専用、形式はチサ100なのでしょう、その104号・・・・という事は4両はあったのでしょう。貨車には珍しいトラス棒もついている。
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 これは、まったく私の想像なんですが、このチサ104、前身は客車だったのではないか?と思うのです。機芸出版の「私鉄電車プロファイル」には、東武鉄道がスタートした頃の客車、ホハ1とか、ホハ2のスケッチが出て居りますが、台車の形、トラス棒、等、床下はそっくりです。その客車の後の姿なのではないのだろうか????・・・・と。


pencil-green.gif ここは、西新井駅

(4) ここは、国鉄の駅か?と思うようなシーン・・・・C11が貨物列車を牽いて通過してゆきます。東武にもC11が居たのです。調べてみましたら、ナンバーはC112で、日車1945年製造、廃車は1963年だそうです。
 機関車の次位は、三軸の無蓋車トキ900形
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(5) 羽生行の普通電車クハ800形812とモハ7800形(7812かな?)。この一族は、大量に製造され、かなりのバリエーションがあるらしいけれど、詳しいことは判りません。妻面右下の銘板は東京・日本車輌・昭和xxxと読めます、製造年は拡大しえ見ると、昭和1X年に見えるけれど、国鉄モハ63が東武へ来てモハ7300、車体更新でもあったのでしょうか・・・・。その辺り迄が、私の探究心の限界で・・・・。
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(6) 車体側面ナンバー部分の拡大は、「クハ812 東武鉄道」でしょう。
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(7) こんな電車も来ました。元、特急用のモハ5312、でかいパンタグラフ、お椀形ベンチレータ、車体裾の切れ込み、大型の貫通幌枠、クロスシート。色は忘れましたが、マルーンにベージュだった気もする。乗務員ドアが片方しか無いってのもカッコ良いなあと思ったりします。元々は、1935年生まれのデハ10+クハ10と称したとの事。
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(8) 一両分を拡大してみました。この日は、如何いう運用だったか判る訳もありません。何となく、乗ってみたくなる、魅力的な電車です。
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(9) 番号部分の拡大・・・・モハ5312
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(10) 浅草行の電車に乗って、蒸気機関車と貨車を期待して、業平橋へ向かいました。その電車の窓から・・・・ここは、多分、西新井駅の工場への分岐あたりと思うのですが、如何でしょうか?荷電がいました。
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(11) ブリルMCB台車を履き、台枠丸見え、窓部分だけのウインドウシルとヘッダー、東武を絵に描いたような電車です。ナンバーはよく読めないのですが、ネガをルーペで見ると「モニ1170」と、見えないでもありません
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pencil-green.gif この日に写した電車はこれっきりです。せっかく東武まで来ながら、こんな程度。今、考えれば、何やってるんだ!って感じですが、当時としては懸命だったんでしょう。


coffee.gif 今回は、ここでお終いです。次回は、機関車・貨車を写そうと、業平橋駅まで行き、そこに居たのは・・・・・・・と、言う事でご期待下さい。


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写真(5)の銘板なんですが、拡大するとこんなになっています。ネガを25Xのルーペで見ても、これ以上には見えなかったので、製造年の10の桁は、はっきりしません。1とも2とも見える様ですが、2みたいな気もしますね。28年とすると、新車ですね。
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