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関西電車巡り1980年(7) [1980年代の関西電車]

■ 1980年・昭和55年の8月26日(土曜日)~27日(日曜日)、私は、当時十歳だった次男を連れて関西の電車を訪ねての一泊2日の二人旅。国鉄奈良線に稲荷駅から乗車して玉水駅まで来ました。今になれば懐かしい(当時は好きでなかった・・・・)キハ35系での奈良線の旅。

 国鉄奈良線で奈良へ向う(続) 

 1980年8月26日(土曜日)、この日は、小雨が降っていたけれど、段々、上がってきました。ラッキー!!しかし7月末なのに、寒いくらい・・・・・。編集の都合で画像はたった三枚、申し訳ありません。

(1) 上狛駅です。多少こっちが早く着いて、交換待ちのホームに降りることが出来ました。生垣には、蝉の抜け殻が、呆れるくらい付いた事を覚えています。脱皮の途中で力尽きてしまった蝉も居て、写真を撮っています。しかし、可哀想ですから、そっとしています。

(2) 木津川を渡って木津駅。 流石は関西本線の大ジャンクション。ホームは二本、テルハだって付いています。発車した列車から後ろを振り返って写した木津駅のホーム。左、遠景のビルは山城病院なのでしょうか・・・・。踏切ではお姉さんが待ってますが狭くて警報機も無い。構内の職員用でしょうか・・・・。

(3) 奈良へ向って複線区間を行きます。キハ58・・・・『急行かすが』でしょうか。

■ もうあと少々で、終着駅、奈良に到着します。


 ・・・・・・・では、また次号!!!たぶん、明日更新と、言い切っちゃいます。


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関西電車巡り1980年(6) [1980年代の関西電車]

■ 1980年・昭和55年の8月26日(土曜日)~27日(日曜日)、私は、当時十歳だった次男を連れて関西の電車を訪ねての一泊2日の二人旅をしております。国鉄奈良線の稲荷駅からキハ35系気動車を連ねたなら行きに乗りこみました。これから、沿線の風景を眺めながら奈良へ向います。

 国鉄奈良線で奈良へ向う 

 1980年8月26日(土曜日)のお話の続きです。この日は、7月末だと言うのに、無茶苦茶寒い日で当時の通勤形気動車キハ35にはエアコンなんか付いていない・・・・それなのに寒くって窓も閉めきったままの気候だったのです。(3)の写真のキハ35車内の扇風機は回ってますが・・・・・。

(1) ここは、木幡駅。ホームの真中の植え込み、申し訳程度の屋根、跨線橋も無い、のんびりした田舎駅でしたが、27年経ち電化された現在はどうなっているのでしょう。

(2) 赤煉瓦で組まれたホームは何処の駅だったのでしょう。木幡駅だったかもしれないし、違うかもしれません。隣の部屋においてある参考書には書いてあるのでしょうが、調べに行くのも億劫なので、赤煉瓦の組み方も判りませんけれど、赤煉瓦の構築物って良いものです。まあ、仏蘭西積みでも、なんでも良いのですが・・・・・。更に枕木の草臥れ方も相当なものだし、良い感じだなあと思いつつシャターをきったのでしょう。

(3) キハ35・・・・と、言い切っちゃってますが、キハ30かもしれないし、キハ36かも知れない気動車の車内です。進行方向は左の座席に乗っかっちゃったおじさんは向こうを向いてるし、乗務員室の幕は降りてるし、先頭車両の筈です。最近のJR西日本、運転室の幕は開いているのかしら・・・・?

(4) ここは、長池駅。

(5) 玉水駅。通行人が傘をさしていないので、雨は上がったようす。右奥の重厚な民家、素敵ですね。いまでもあるのだろうか・・・などと思ってしまう。奈良線は昔風の民家が数多く残っていてそれを見るのが楽しみでした。

 国鉄奈良線の旅は未だ続きます。次回の更新は明日です!!!・・・・と、言い切っちゃって良いのかなあ・・・・最近忘れっぽくなってるし(ホントです・・・・まあ、歳の所為とご勘弁下さい)。


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関西電車巡り1980年(5) [1980年代の関西電車]

■ 1980年・昭和55年の8月26日(土曜日)~27日(日曜日)、次男、十歳と共に関西電車の二人旅。京阪の三条駅から特急~七条で普通と乗り継いで伏見稲荷駅で下車した私たち・・・・・。今回は、国鉄の話題です。「関西電車巡り1980年」1980年8月26日(土曜日)のお話の続きです。

 国鉄奈良線稲荷駅 

 京都・京阪・三条駅から奈良へ行くのに、少々、変則的ではありますが、国鉄奈良線で奈良へ行くのに、伏見稲荷乗換えのルートを採ったのは、国鉄の稲荷駅が見たかったからなのです。
 当時・・・・だったか、もう少し前だったかに、鉄道趣味誌『鉄道ファン』で、東海道本線の旧ルートの話が出ており、徳富蘆花の『不如帰』・・・・山科駅の別れのシーンの事が取り上げられておりました。この小説の時代には、大津から京都へ行くのに、現在よりずっと南を回っていたと言うのです。
 そんな事に、妙に関心を持ち、その当時の東海道本線(・・・・と、言ったかどうか知りませんが)のルートの一部を見てみたかったし、ランプ小屋の話も知り、是非とも・・・・ここへ立ちたかった・・・・・まあ、そんな訳で、ここまで来ました。

(1) 京阪の伏見稲荷駅あたり、京都市電との平面交叉を見たおぼろげな記憶があります。・・・・そんな遺跡も探せば、あったと思うんですが、そっちには当時、関心がなかったのは少々残念。400mほど歩いて、国鉄の稲荷駅に至ります。稲荷駅京都寄りの踏切から眺めた、駅のホーム。こんな写真を撮っているところを見ると、かなり感動していた私のようです。

(2) 踏切を渡って、右に曲がると、国鉄稲荷駅。途中、雀をまるごと焼いている店があった気がするが、如何なのでしょう。ご存知の方・・・・いらっしゃいますでしょうか。
 この画像をフォトショップで加工中、公衆電話BOXのなかにお坊さんが通話中なのを発見、流石京都と、妙に感動してしまった。(京都→お寺→お坊さんの安易な連想で、すみません!)

(3) こんな説明文を書いた看板が有りました。そう言う訳で、次ぎの画像が『ランプ小屋』。

(4) オリジナルの形態なんだか判りませんが何となく感動する私。現在でもかなりの駅に現存する『油庫』でしょうか・・・・。

(5) 奈良方面行きホームから奈良方面を見ています。駅前の線路に平行な道路が、延びている先が踏切。

(6) 京都方面行きのホーム。昔は、この踏切で線路を横断して京都行きホームに行ったのでしょうか。上屋のひさしの装飾も良い感じです。

(7) 奈良行きの列車が来ました。キハ35の系列で、旅人としては、三扉、ロングシートでは、なんだか魅力がありませんでした。関西本線大阪口の通勤輸送用に颯爽と登場したキハ35の一党も、関西本線電化で、方々に散って行きました。

■ 奈良線は、京都~奈良感の直通旅客は近鉄特急に乗るようで、車両だけでなく、沿線の駅や風物は、以前から、なんとなく『取り残され感』を感じました。私は、沿線の方々には申し訳ないのですが、そんな奈良線が好きでした。古い民家、天井川のトンネル、旅をしているんだなあ・・・・と、思ったものです。

・・・・・・奈良線の旅はまだ続きます。では、次号に続く!!


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関西電車巡り1980年(4) [1980年代の関西電車]

■ 1980年・昭和55年の8月26日(土曜日)~27日(日曜日)、10歳の次男と共に関西電車の旅。京阪の京津線で京都は鴨川べりの三条駅に到着。今回は、ここから南へ向います。編集の都合で、図版が超少ない、ご免なさい。「関西電車巡り1980年」8月26日(土曜日)のお話です。

 京阪電車に乗って南へ 

 これから、奈良へ行くのですが、京阪電車の三条駅から南へ。コースは、京阪の三条~伏見稲荷~国鉄・稲荷駅~国鉄奈良線~奈良・・・・で奈良へ向かったのです。

(1) 何が何でも京阪特急に乗りたかったのでしょう。七条で下車して次ぎの各停を待っています。三条行きの特急、おなじみの3000系最後尾は3004が目の前を通って行きました。向こうの鴨川に掛かる橋は正面橋。こんな素敵な景観の駅も、地下に潜って消えちゃいましたね。

(2) たぶん、これに乗ったのでしょう。宇治行き普通電車スーパーカー2000系の2016、後続の形式2200、2400と比較して、なんと言っても、この大目玉がチャーミング。

■ これに乗って二つ目の伏見稲荷駅で下車、国鉄奈良線の稲荷駅に向かいます。400mほど歩けば着いちゃいます。


 編集の都合で、今日の『関西電車巡り』はこれで、お終いなんですが、それでは、あまりにもあっけないので、オマケです。昨日、2007年4月22日のお話・・・・・。

■ JR東・横浜線に成瀬という駅があります。快速も停まりませんが、私の住んでいる、よく神奈川県と間違えられてしまう、『東京都町田市』のありまして、駅近くに市立の総合体育館がある。そこで、私の関係している、市のアマチュア社交ダンス団体のイベントがありまして、そこに参加してきたのです。まあ、それはそれとして、駐車場の関係で、おっそろしく早く行きました。車を置いて、付近を歩き回る。

 以前から気になって居た、市立のこじんまりとした公園があるのです。そこを探険してきました。

(A) 名前は『堂之坂公苑』、入場無料。小さい樹木沢山の公園です。ペット禁制で静か。木々に隠されて、回りの建築物も見えません。良い季節に、文庫本でも持ってベンチで過ごしてみたいですね。

(B) 多少の凹凸もあり変化に富んでいます。小鳥も沢山、鳴いておりました。

(C) ハルジョオンとか、竹の子とか・・・・。

 まあ、そんなこんなで、20分もあれば、園の中は完全制覇。近くを走っている横浜線の間近に行きます。

(D) やっと、電車が出てきましたね。横浜線・桜木町行き各停の205系。線路の反対側が小高くなっており、道もあるらしいので、そっちの方が光線状態が良いのですが、時間の関係で次の機会に。

(E) (D)と同じ電車の後ろ姿・・・・・。

(F) 電車写真はこれでお終いです。このあと、色々有りまして、昼食は友人と和食系ファミレス『夢庵』で済ませた訳です。食したものは天丼。税込み720円なんですが、『てんや』との差は、落ち着き料&雰囲気料かな・・・・・。

■ では、また次回!!!


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関西電車巡り1980年(3) [1980年代の関西電車]

 今日から、スキンを変更致しました。

ワイド版スキンに替えたのです。その為、サイドバーを左右に分割した3ペインの時に、画像に幅の広い480pixel(このブログで普通に使っていたサイズ)のものが使える様になりました。(従来の3ペインスキンは画像サイズが350pixel程度でした)
 更に、サイドバーを左右に置いた為、多少は使いやすくなったのではないかと思います。少々、見慣れない外観になりましたが、作成・編集方針は変わりません。今後とも、何卒よろしくお願い致します。


■ 1980年・昭和55年の8月26日(土曜日)~27日(日曜日)、10歳の次男と一緒に「関西電車巡りの旅」で東海道本線の石山駅で下車、京阪電車に乗って京都に向っています。1980年8月26日(土曜日)のお話です。

 京阪石山から京阪電車で三条まで 

 京阪電車の石山坂本線、京阪石山駅から準急に乗って京都へ向います。前の回の記事に頂いたコメントで、如何やら三条行き直通の準急に乗ったらしい私たちです。

(1) 途中の浜大津の駅も、逢坂山越えも、写真無しでいきなり京都三条から路面対応電車の折り返し駅、四宮駅です。車庫には80形がずらりと留置してあります。私たちは、何か撮ろうと、一旦下車しました。三条行きの準急電車が三条へ向って行きます。

(2) 四宮駅の浜大津側を眺めれば、折返しの80形が引き上げ線に居りました。たいした写真も撮れず、この80形に乗ったのか乗らなかったのか・・・・・。

(3) 蹴上げを過ぎた電車は坂を下り、京都の街中に入って来ました。雨は、まだ降っておりフロントグラスが濡れて景色が歪んでいます。まあ、それもまたご愛嬌とご勘弁下さい。交叉点には滋賀銀行があり、その先が僅かなSカーブ。東山三条の電停でしょう。交叉点の向こうで300形(たぶん・・・)が信号待ちをしています。

(4) 三条につきました。三条駅の構内です。当時から在った、今で言う『駅中商店街』の向こうには丸く作られた階段。特急のホームでしょうか・・・・・。
 お花屋さん、喫茶と食事・京阪パーラー、お土産も売っています。天井にはずらりと前号にコメント頂きました『びわ湖たそがれショウボート 6/28~9/7 毎夕6時30分 浜大津出航』のポスターの大パレード。階段の上の時計は14時41分を指しています。

(5) 京津線の80が発車を待っています。赤電話で電話中の風景も、懐かしい絵になりつつあります。

・・・・・こうして、京都入りした私たちですが、15時も近いので、ここ三条駅でゆっくりする暇も無く、旅を続けるのでした。

■ 続きは又、次号で!!!


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関西電車巡り1980年(2) [1980年代の関西電車]

■ 1980年・昭和55年の8月26日(土曜日)~27日(日曜日)の二日間、当時10歳の次男と一緒の「関西電車巡りの旅」
 1980年8月26日(土曜日)、早朝に東京を出て、各停・新幹線・名鉄など、いろいろ取り混ぜの利用で、米原まで来ました。東海道本線の各停電車・・・・たぶん113系・・・・に乗りまして、車窓に近江の風光を眺めながら、東海道本線を下っております。

 石山の京阪電車 

 石山駅で下車、駅前に京阪電車の石山坂本線、京阪石山駅があります。これに乗って京都まで行こうと言うのです。私にとって、石山寺~浜大津間は未乗区間、京阪石山~石山寺間は惜しいけれど次回と言う事にし、今回は、ここ京阪石山から浜大津まで乗ることにして、ホームに入りました。

(1) ホームの時計は、13時46分、石山寺行きの準急電車が来ました。300形の306がアタマで+307との二両編成。確か古い木造車からの鋼体化だと思われますが、台車がブリルMCBだし、私の乏しい資料では、詳しい事はわかりません。

(2) 台車は、ブリル車のMCBです。シンプルでスマートな釣り合い梁式の台車で、私の『昔の電車のイメージ』で、好きな台車です。
 高校時代、HOの電車模型を造ろうと、須田町のカワイモデルで初めて買ったHOの台車が、これでした。一番安かったので買ったという、何を考えてるか、よく判らん買い方です。モーターの取り付けに苦労し、当時の技術レベルでは結局、ダメだった記憶もあります。台車は結局は廃棄、そのカワイL-3三極モーターだけは、53年経過した今でも、我が模型鉄道『城南鉄道』のジ1・・・・西大寺鉄道の単端式気動車のイメージの自由形・・・で元気で動いています。
 まあ、そんな想い出のある、MCBなんですが、実物の世界でも、乗り心地が大変よろしかったと聞いています。私の育った、東京の城南地区ではあまりお目に掛かれなかった気がします。

(3) (1)の電車は石山寺に向けて、小雨の中を走り去って行きます。

(4) 坂本行きの電車が来ました。当時の運転方式を知りませんので、まさか、三条行きではないと思いますが準急、たぶん坂本行きです。さっきの307+306の編成です。時計は調整中の表示があるとはいえ、さっきから6分しか経っていません。もっとも、京阪石山~石山寺間は1.4km、所用3分ほどですので、まあ、不思議ではありませんが・・・・。

■ この電車に乗ったのでしょう。浜大津経由で京都・三条に向いました。次ぎの駒に四宮駅で300形の2連が走り去って行く姿が写っています。浜大津での乗換えがあったのか、無かったのか、全然わからなくなりました。石山寺発、三条行きなんてのがあったのかもしれません。当時の時刻表でもあれば判るのでしょうが・・・・・。

・・・・・では、この続きは次回!!!


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関西電車巡り1980年(1) [1980年代の関西電車]

■ 1980年・昭和55年の8月26日~27日の二日間、当時10歳の次男を連れて「関西電車巡りの旅」をしました。その時のアルバムを見つけたのですが、フィルムがどうしても出て来ないのです。捨ててはいない筈なので、フィルムは押入れの中の何処かにある筈ですが、ま、それはそれとして、アルバムから直接、スキャンしてしまうという『暴挙』に出ました。粘着紙の上にプリントを並べ、ビニールシートでカバーするっていう構造のアルバムなので、はがすのが大変なのです。色も、シャープさも、いま一つなんですが、フォトショップで頑張ってみました。

 今日から、14回にわたって、断続しながら、ご覧頂こうと思っております。

 取りあえず滋賀県 

 今回は、ともかく滋賀県までのコースです。電車に乗る旅なので、変わったコースを使いました。 多分何時もの通り、小田急の各停で小田原まで行きました。超早朝出発なので急行電車が無いので、まどろっこしいが仕方が無いのです。小田原からは、その頃、常習的だったコース、東海道の各停で熱海まで来ました。

(1) 熱海駅の東海道本線下りホームです。懐かしい形の洗面所です。洗面所なんて最近の駅ホームでは見かけませんね。私の影響でタイガース贔屓の次男です。10歳、遅生まれですから4年生ですか・・・・・。左のお弁当屋さんは開いてますね。朝食を買ったかどうかまでは覚えている訳もありません。

(2) 熱海からは新幹線。小田急~小田原・熱海の在来線コースを使ったので大人・子供で1,500円は浮いたと思われます。(笑)。名古屋まで新幹線のこだま号、新名古屋から名鉄特急・・・・当時は高速という名だったかどうかは、わかりませんが。そして新岐阜です。(豊橋から通しで来た筈は無かろうかと・・・・)

(3) 国鉄の岐阜駅は近いので、わざわざ名鉄岐阜市内線に乗ったということは無かったでしょう。国鉄岐阜駅のホームに居ます。洗面所です。鏡がついてタイル張りの本格的『駅洗面所』。
 左の柱の大阪方面の文字が、次ぎの(4)に写っているのと同じ書体です。バックは貨物列車だし、たぶん岐阜駅なのでしょう。鏡に映った40代に入ったばかりの私の背後に、隣のホームの気動車が写っています。岐阜駅だとすると、左の鏡中の、次ぎの駅名は『きそがわ』かもしれません。

(4) 国鉄、岐阜駅5番線。時刻は11時45分、165系の電車が入ってきます。これに乗ったのでしょうか・・・・。

(5) 持っているのは『鱒寿し』です。多分、米原で乗り継ぎの時に買ったのでしょう。フィルムをルーペで見れば、お弁当屋さんの名前とお値段くらいは読みとれると思われますが、プリントからのスキャンでは、とてもダメでした。この113系各停に乗って、車窓を流れる近江の地を眺めつつ、賞味したのでしょう。

■ そして、石山まで行き、下車。いよいよ関西圏の私鉄と御対面ですが、それは、次回と言う事で、今日はお終いです。


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宇治京都の旅1984年春(8終) [1980年代の関西電車]

■ 今日は、『宇治京都の旅1984年春』シリーズの最終回。もう東京へ帰る時が来ました。

 阪急・・・・烏丸駅で(2)、そして・・・ 

 1984年・昭和59年3月下旬~4月上旬、たぶん、その辺りの日、高二から高三への春休みの長男との二人旅の最終回です。
 まだ、阪急の烏丸駅に居ります。

(1) 梅田行きの普通電車2300系2317。2000系以来のこの車体デザインは、余計なものが付いておらず、戦前の900形に始まり。戦後の700、800に至る、所謂、阪急タイプの次ぎに好きですね。

(2) 河原町行き普通電車5300系5319。

■ このあたりで新幹線に乗る時刻が近づいたらしく、撮影を切り上げています。そして、地下鉄で京都駅に来ました。

(3) 京都市営地下鉄、京都駅ホームで、10系と言うらしい1109。多分、京都駅での折返しの発車待ちだと思いますが、烏丸の可能性が無いわけではありません。何方か、このカーブしたホームの駅名をお教え下さい。

 ・・・・と、言う訳で、1984年春の宇治・京都の二人旅のルポはお終いです。このあと、新幹線の食堂車でくつろいでいる写真があるけれど、大きくブレてますので、とても出せません。(笑)
 8回にわたってご覧頂き有難う御座いました。

 次回の企画なんですが、1980年7月26日~27日、当時10歳・・・と言うと4年生か・・・の次男と一緒に、関西を回った時の写真を出す事にしました。アルバムはあるのに、フィルムがありません。仕方なく、アルバムを直接スキャンしました。粘着紙にプリントを載せてビニールフィルムで覆う方式のアルバムがありますね。アレなので・・・オマケにサービスプリントの色も悪いので・・・なんだかヘンな画像になりましたが、フォトショップでリタッチを頑張ってみました。果たして・・・・・・。


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宇治京都の旅1984年春(7) [1980年代の関西電車]

■ 今日も昨日に引き続き『宇治京都の旅1984年春』。鞍馬まで行って、乗って行ったその電車で京都の街に戻ってきました。

 阪急・・・・烏丸駅で(1) 

 1984年・昭和59年3月下旬~4月上旬、4月1日が日曜日なので、たぶん、その辺りの日、高二から高三への春休みの長男との二人旅。
 出町柳駅から、どこを如何経由したかは完全に忘れてしまっています。京阪は三条までだし、市電はなくなっているし・・・・・。バスかなんかで三条まで来たらしく、河原町三条辺りで、軽く何か食ったか、飲んだしたような気もする。本能寺も立ち寄って、歩き回っているうちに、偶然、錦小路の市場に居るのに気がつきました。通りすぎただけだけれども・・・・。

 ・・・・・で、叡電の鞍馬駅の写真の次の駒が阪急なんです。何処の駅なんだろうと思ったら、電車の窓の向こうに写ってました。「阪急 烏丸駅」です。
 阪急に乗る必然性は全く無い筈なので入場券で入った可能性も無いでも有りません。折角、ここまで来たのですから、阪急さんも拝んで行かなければ悔いが残ると思ったのでしょう。

(1) 梅田行きの特急が入ってきました。6300系の6354です。

(2) (1)の特急です。


(3) 列車は変わって、これは河原町行き特急。
 これも6300系。電車の向こうの壁に大宮←阪急烏丸→河原町の表示が写りこんでいます。

(4) 河原町行きの特急は出発して行きました。

 このシリーズも明日でお終いです。また新しいネタ『1980年7月関西の旅』で行きます。ただ、フィルムがどうしても出てこないので、粘着ベースにプリントを並べビニールシートでペタンと覆う形式のアルバム、ありますね?アレを直接、スキャンしてみました。画質はかなり悪いのですが・・・・。


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宇治京都の旅1984年春(6) [1980年代の関西電車]

■ 今日は『宇治京都の旅1984年春』の続き、叡電の宝ヶ池駅から鞍馬行きの電車に乗って終点の鞍馬まで行ったのです。乗った電車は、フィルの映像から推測されるデオ200形の201と思われます。

 京福電鉄鞍馬線・叡山本線(3) 

 1984年・昭和59年3月下旬~4月上旬、3月31日が土曜日、当然4月1日は日曜日なので、おそらくそのあたり、高二から高三への春休みに、長男との二人旅です。まあ、長男の親孝行だったんでしょう。有り難い事であります。

■ 宝ヶ池から鞍馬に向う電車に乗ります。ここから先は初乗り。途中に新しい複線区間があった記憶もあるみたいですが、具体的な記憶は、鞍馬駅ですぐに引き返したことくらい。

(1) 運転台の後ろに立って、進行方向の車窓風景を眺めながら行きます。(4)のデオ201の車内と思われますが、うしろを振り向いて車内の様子。中吊り広告に4月8日の文字もあり、都をどりのポスターも見えますので、訪問の時期は3月末~4月アタマで間違い無いでしょう。車掌さんの衣装、間違いなく『詰襟』ですね~!!!!ニス塗りの車内( 蛍光灯化されていますが )と実によくマッチしています。

(2) 何処の駅でしょうか?ご存知の方がいらっしゃいましたら、是非ともコメント頂きたく存じます。山の様子とか、上り下りのずれたホームが手がかりかもしれません。右のホームの駅名標が惜しいことに隠れています。左の広告看板は、『内科小児科・藤田』と『井ノ口畳店』が読みとれますが・・・・。

(3) どんどん山に分け入って行きます。ここは何処でしょうね・・・・Google Mapで、S字カーブと、橋梁、道路に見える歩道橋あたりから探してみたのですが、よく判りません。貴船口辺りなのでしょうか?

(4) 終点の鞍馬駅です。乗ってきた電車、デオ201の前で記念の写真。鞍馬駅のたたずまい、今でも変わってない気もするし、わけが判らなくなっている気もするし・・・・・。

・・・・、たしか、鞍馬駅では何もせずに、乗ってきた電車で出町柳まで戻ってきた筈です。


 次回は、京都に戻って阪急電車、地下駅の駅撮りです。


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