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1980年代中頃の津と名古屋-下巻 [中京・中部地方の鉄道風景]

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 お話の本筋に入る前に、昨日、2010年4月21日の花
 ソメイヨシノが咲き終わって、もう緑の葉が繁っています。我が家の近所で見かけた春の花・・・・・少々。

(1) 八重の桜、色々と種類はあるのでしょうが、私には、桃色の八重桜としかわかりません。
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(2) (1)のお隣には白い花の八重咲きのサクラ・・・・・緑の葉との対比が美しい。
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(3) 地面には、カラスノエンドウの濃い目のピンクの花。スリムな真っ黒な鞘の豆が実るなんて信じられない感じ。
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(4) 近所に沢山あるツツジですが、この株だけが盛大に花びらを広げています。
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(5) つい先ごろまで、槍を天に突き上げていたドウダンツツジも、何時の間にか真っ白な花。
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 さて、本題です2010年4月2日付の、このブログで書いた「1980年代中頃の津と名古屋-上巻」を公開したのですが、今回は、その「下巻」で、「名古屋の話題」。たぶん、1986~87年ごろ、三重県津市と愛知県名古屋市に仕事で日帰り。小さな35mmカメラ・・・・ローライ35(テッサー付き)で写してきたものです。変色が著しく、フォトショップでの色補正に苦労しました。

 今回は、名古屋で写した、「バス」のお話です。駅と違って、馴染みの無い都市の道路の写真となると、はたして何処の辺りだったか・・・・まるっきり覚えていないのです。

■■■ 1980年代中頃の津と名古屋-下巻 ■■■

 市のとある場所での用件を終え、近鉄電車で名古屋に向かいます。

(6) 津新町行の普通電車とすれ違います。電車はモ1811。私は、この外付けの方向幕装置が好きでして・・・・。
 撮影場所は、何処の辺りがさっぱり判りません。さらに、私の乗ってる電車が、急行だったのか、特急だったのかもわかりません。この窓枠だけで、私が乗っている電車は、如何いう電車なのか、分かるものなのでしょうか・・・・?
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(7) 名古屋に来ました。たしか、お城も近い場所だった気もしますが、記憶は殆どありません。丁度、目的地の直ぐ傍で、何が見たかったのかと言いますと、その頃、東京の新聞かTVで見かけた「道路中央部のバス専用レーン」と「路面電車みたいな道路中央部のバス停」が見たかった。果たして、現在も続いているかどうかも判りませんでした・・・・・。
 よくよくバス停の屋根の妻部分を拡大してみますと、清水口の文字が・・・・成る程!と早速、Googleの地図からストリートビュー。ここは清水口ですね。そして、道路中央部の色もバス専用レーンを思わせる色です。現在も、このシステムは続いていると思われますが、果たして如何なのでしょう?
 段々、記憶がほぐれて来ました。名古屋からやらたと車内広告が多い地下鉄で栄に来て、名鉄の栄町のホームの記憶も少しイメージが出てきました。東大手か清水で下車。ここまで歩いてきたのでしょう。双方とも500mくらいです。
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(8) (7)の、バスの部分だけ拡大しました。栄ゆきの市バス(お臍の部分に丸八の交通局マーク)です。基幹バスって何でしょう?「ミッキー」って何でしょう?疑問だらけ・・・・です何方かお助けくださると嬉しいです。よろしくお願い致します。
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(9) 上の画像と反対側を見ています。真正面が名古屋城。現在の地図とストリートビューで見ましたら、なんと、この画面の左右方向に高速道路が架かっています。これは、吃驚!左向こう側の角のビルは、まだ建っており、漢方薬局も盛業中らしいです。
 この写真を撮ったのは何に興味があったのかといいますと・・・・・・次の写真。
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(10) (9)の部分拡大です。これまた、東京の新聞で見たか、TVで見た「大きな信号灯」が見たかったのです。右側の信号機の上のほうが標準型。下が大型で、見慣れぬ私には、驚くほど大きく見えました。ストリートビューで見ますと、大型信号灯は標準型に変わったように思えます。あんまり効果が無かったのでしょうか・・・・・。
 信号機の下に居るバスはお腹の部分の「mを思わせる塗装」は名鉄バスでしょうか・・・・・。
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(11) (7)の写真の場所ですが、バス停へのバスレーンの移行はこんな風です。 
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coffee.gif ・・・・と、云う事で、今日は名古屋の話題でした。オシマイ!


タグ:名古屋 近鉄
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1980年代中頃の津と名古屋-上 [中京・中部地方の鉄道風景]

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pencil-red.gif 今回も昔噺です・・・・が、そんなに古い話ではなく25年程前。時は1980年代中頃でたぶん、86~87年ごろかと思われます。このころ、三重県津市と愛知県名古屋市に仕事で日帰り。小さな35mmカメラ・・・・ローライ35(テッサー付き)を鞄に入れてゆきました。今日、フィルムをスキャンしたのですが、変色著しく、黄色っぽくなっちゃった画像をフォトショップで、なんとか見られるようにしてみました。

 今回は、その第一回で、津駅で出合った第三セクター「伊勢鉄道」の気動車を採り上げます。

■■■ 1980年代中頃の津と名古屋-上巻 ■■■

 津市のとある場所に赴き仕事を終えまして、津駅にやってきました。一番短い駅名「津」といわれますが、ローマ字だと「TSU」でもっと短いのがあると聞いています。、
 近鉄で名古屋へ向かおうというのです。ちょっとの時間、国鉄時代だったか、JR東海になっていたか、微妙なときなんですが、ともかく伊勢鉄道の居るホームに来ました。

(1) 2番線には国鉄特急用気動車の大傑作・・・・と私は思っているんですが、キハ82が来ました。下り特急南紀
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(2) (1)とは時間的にずれているかもしれませんが、一番線・・・・伊勢鉄道用のホームに伊勢鉄道の気動車が居ます。イセⅠ形と言うんだそうで、富士重工の軽快な車輌です。ナンバーの読み取りは出来ません。
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(3) 反対側から見てみましょう・・・・同じ顔ですが(笑)。
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(4) 車内を見てみました。中央部が向かい合わせのシートで、両端がロングシート。
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(5) 運転台の後には運賃表
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coffee_misdo_2.gif 短時間で、パパパ~ッと眺めて、次の目的地、名古屋市に向かいました。
 続きは次回!!!・・・・とは言うものの、電車は期待しないで下さい・・・・実は、小さいのが一枚だけで


タグ:伊勢鉄道

二つの静岡駅1960年 [中京・中部地方の鉄道風景]

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pencil-green.gif 今日は昔のネガから静岡のお話です。静岡といえば静岡鉄道ですが、今日は、私の大好きだった、軽便の「駿遠線」ではなく、いまは、静岡市でまとまってしまいましたが、当時は、静岡市と清水市の二つの市を結ぶインターアーバン、静岡清水線と静岡市内線の画像を少々・・・・・。

■■■ ふたつの静岡駅 ■■■

pencil-green.gif 1960年・昭和35年3月の、ある日の夕方、駿遠線に乗ってきた私は、駿遠線について色々と教えて下さった静岡鉄道本社へご挨拶に立ち寄るために、国鉄東海道本線の上り列車を静岡駅で下車しました。

(1) 国鉄の静岡駅の前に単線一本が突っ込んだだけの、静岡鉄道静岡市内線の静岡駅前の停留所がありました。停まって居たのは55形の57。昭和4年製造時は2軸単車でしたが、昭和30年ごろ車体延長され、ボギー車化。
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(2) ボギー台車をはかせたら床が高くなってしまったらしく、可動式のステップが後付されています。サボは「静岡駅前~安西」
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(3) たぶん、(1)の57に乗って静岡鉄道のターミナル、新静岡駅で下車、静岡鉄道の本社訪問。そして、ご挨拶を終えたら、もう夕方です。新静岡駅です。併用軌道は静岡市内線、背中方向が安西方面です。
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(4) (3)の拡大・・・・キャブオーバーの静鉄バスが居ました。
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(5) (3)の右側の拡大。改札の中には、新清水方面への電車の顔が見えています。右端の専用軌道の終端部が市内線の停留所だったと思います。
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(6) 新静岡駅のホームには、静岡清水線の電車が居ました。18形の19、元・鶴見臨港だそうな・・・・。市内線のNo.57も、やって来ました。
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(7) 新静岡駅から国鉄所静岡駅に向かい、歩いたようです。どの辺だか忘れましたが、こんな写真がありました。煙草屋さんに、東急観光の営業所。まさに昭和中期の町並みです。クルマはルノー4CVでしょうか・・・・。手前に写っている自転車のハンドル、当時は当たり前の形でしたが、いまは、あまり見掛けませんね。
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(8) 静岡駅前の電停です。右奥に国鉄の静岡駅があり、テルハが見えています。電車は55形の59です。
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(9) (8)を拡大してみましょう。弘済会と、案内所。駅前風景。
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(10) 右へ視線を移すと国鉄静岡駅です。
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(11) (10)を拡大。高架になって、駅はまるっきり変わってしまいました。
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(12) 更に右に視線を回すと、こんなな眺め。このビル、いまでもあるかしら・・・・。私の背後が松坂屋で、富士山形のゲートは、呉服町通りに続くのでしょうか・
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(13) (12)を拡大しましたが「ヒノマル紅茶」しか読めません
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coffee.gif このあと、東海道本線の上りの準急で横浜、そして、京浜東北で蒲田、池上線で帰宅したのでしょう。


タグ:静岡鉄道
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16日から一寸お休み &遠州鉄道 [中京・中部地方の鉄道風景]

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 今日と明日、更新いたしましたら、パソコン入院の為、2月16日月曜日から暫くの間・・・・一週間~二週間くらいでしょうか・・・・このブログ「お出かけ通信:blog版」は、更新をお休み致します
 明日明日で一日伸ばしにしてきたパソコンの不具合修理、なにしろハードウエア、ソフトウエアともに不調で、騙し騙しの日々でした。何時かは修理せねばならない訳で、思い切って入院させることになりました。

 入院後、数日で退院らしいのですが、帰ってきたPCちゃん、再インストールで生まれたての赤ちゃん状態。色々と教え込んだり、育てたり、厄介なことがあるわけで、それが一番時間を食いますね。出来るだけ早く、ネット界に戻れるように頑張りたいと思っています。

 そんな訳で、頑張れば意外と早く復旧できるかもしれません。RSSでチェックして居て下さると復活が判り易いと思われますが・・・・・。


pen-para.gif さて、今日のお題は・・・・・遠州鉄道。 

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 遠州鉄道・1954年&56年 

 何時も見ているのだけれど、乗ったことが無いって鉄道ありますよね?私は沢山有るのです。特に、東海道は学生時代には、かなりの回数利用しておりました・・・・が乗ってないってのは沢山ありました。もちろん今でも!!
 その中に、遠州鉄道があります。軌間762mmの奥山線は乗ったけれど、西鹿島へ行く、軌間1,067mmの路線、あれは何線っていうのか判りませんが、乗ったことがありません。
 東海道本線の列車で浜松に掛かる手前、馬込川という川を渡った辺りの右側に、私鉄の駅がありました。どうやら、浜松から来た電車はスイッチバックして、右に曲がって、赤レンガの建物の間に消えて行くらしい。
 それが、遠州鉄道の馬込駅でした。
 

(1) 1954年・昭和29年の8月、高校生のむ~さんは、兵庫県西宮の兄を訪ねて急行列車その窓から写した一枚。
 広い構内に、留置された単車。駅には屋根も有りません。左の写ってないところに屋根があった可能性はあるけれども。
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(2) (1)の左の車輌を拡大。1XXなる小型のちょっと味のある付随車が二両に、これまた優雅な小型の電動車・・・・ナンバーはと見える。スイッチバックするとき、推進してゆくのだろうか・・・・?ひと駅だし・・・・。はたまた、前後の付け替えがあるのでしょうか。
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(3) (1)の右側の電車たち。やっぱり同じトレーラーに、(2)とは違うタイプの電動車
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 ・・・・ま、のんびりした時代だったんですね。

(4) そして、これは大学に入って最初の年、1956年・昭和31年の夏、四国へ行ったんですが、その帰り道。浜松を出た東京行急行列車左側の眺めです。模型をやってたし、ゲテモノ趣味があったので、これを見て『おおおおおお!!』と思ったのでしょう。カメラを向けています。遠州鉄道モワ201
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(5) 早速(4)を拡大。まるで、模型。床下も機器一杯。台車を見るといかにも手作り風。いいねえ!
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(6) 床下部分を見やすくしてみました。普通の貨車なんかに使ってる方式で車輪を支持し、手ブレーキのプーリーとか、エアタンク風のものも見える
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coffee.gif では、今日のところはこれまでと致します。明日の更新で、暫くお休みということになります。

では、また明日・・・・!!!!。


タグ:遠州鉄道
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名鉄に乗った:1954年8月 [中京・中部地方の鉄道風景]

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pencil-red.gif 中三日空いてしまいました・・・・・。本日は、お古いところで1954年・昭和29年の夏8月のお話をしましょう。

 兵庫県西宮市の会社に勤務していた兄の住まいに、寝泊りさせてもらって、京阪神電車探訪の日々を10日ほど。それも終わって、東京に帰らねばなりません。たしか、8月20日は過ぎていたと思われます。
 兄が、夏休みで、東京の家に帰るというので、一緒に、東京に戻って来ました。上本町から近鉄特急で、中川乗換で名古屋、そして、名鉄の特急で豊橋。そして、東海道本線に乗って、東京に戻って来ました。

 今回は、その名鉄新名古屋駅から、豊橋駅までの、写真を少々・・・・・。スケッチみたいな、三枚の写真を水増ししました。

 名鉄に乗った:1954年8月 

(1) 名鉄の新名古屋から豊橋行きの特急に乗りました。左上にお召し列車のウインドウヘッダーが写ってますので、たぶんモ3850のファミリーだったと思います。
 どの辺りだったか、まるっきり判りませんが豊橋方面から現れた流線型の電車。私は、名鉄には詳しくないので、モ3400なんだか、パンタはあってもク2400なんだかよく判らない。窓からカメラを突き出して撮影したんですが、少々、早すぎました。
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(2) 拡大してみましたら、特急運用です。ぶれていて行き先板の文字が読めませんが、岐阜ではないような気もします。
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(3) 各停の電車を抜きます。この写真、なんだか一寸変。この各停の豊橋行きク2810、豊橋行きの電車から撮って居るのに、影の具合からみると、名古屋向きのホームみたいに見えます。この駅と豊橋間を走るローカル運用なのかもしれません。向こう側に貨物ホームが見えます。どこの駅なんでしょう?
 この疑問、解いていただけたら嬉しいです
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(4) これは、兄が撮りました。右下の白いのは私の腕です。何を撮ったのか判りませんが、松並木なのでしょうか・・・・実は右端に、坊主頭でデブの私の顔が写っていますので、私を撮ったのかもしれません。これまた、どの辺りか判りません。
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(5) 豊橋も近くなり、飯田線の電車とすれ違います。上下線が離れて居るので現在の豊川放水路の辺りのようですが、昭和29年当時、豊川放水路が有ったかどうかわかりません。ま、それは、置いておいて、モハ32・・・・クモハ14+クハ47、こんな編成の横須賀線を見てみたかった私です。モハの三列のガーランド形ベンチレータが綺麗です。
 飯田線電車の背後に広がる広大な田圃、リズムミシンの看板、こんな何でもない風景でも感じてしまう私です。
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(6) 原版を拡大してみるとナンバーはクモハ14043(1かも・・・)と読めそうですが、行き先は二文字だと言うくらいしか、判りません。
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pen-para.gif 名鉄特急は豊橋に着き、その先の写真は有りませんので、東海道本線、何に乗ったのか判りませんが、急行列車に乗ったのは間違い有りません。

まあ、無事に東京の自宅に戻れたのでしょうが・・・・・coffee.gif

 


タグ:名鉄 飯田線
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岐阜:日帰りの旅 [中京・中部地方の鉄道風景]

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pencil-red.gif 今日は、一寸だけ昔のお話です。いまから30年ほど昔、たぶん1980年の2月だったか3月の事です。当時、中学二年生だった長男と、日曜日に何処は行こうという事になった。岐阜へ行きたいとの要望・・・・長男は歴史に興味があり、織田信長が好きだった・・・・で、岐阜。
 当日朝、東京のお天気は良いとは言えませんでしたが、日本は広い。出かけちゃいました。新幹線・・・・当時は小田原まで、小田急利用で、『こだま号』に乗るのが普通でしたが、新横浜からだったかもしれません。

 岐阜:日帰りの旅 

 フィルムの第一駒は、いきなり岐阜、それも稲葉山城の建つ金華山の麓の写真です。これでは、如何いうコースで岐阜に言ったか判りません。豊橋から名鉄?名古屋から名鉄?・・・・名古屋から国鉄の岐阜や、新幹線の岐阜羽島ルートは無かったと思う。

(1) 名鉄岐阜市内線の電車でたどり着いた、ご覧の通り、金華山の麓です。山上には岐阜城の天守が見えています。ここから、ロープウエイに行ったようです。右に立っているのが当時、中学二年の長男。
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(2) ロープウエイの山上駅からの長良川。このあたり、昨夜は雪だったようで雪景色。
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(3) 天守閣の下で記念撮影。この上に上って景色を眺めたのでしょうが、記憶なし。
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(4) 天守も、風景も見て、地上に降りてきました。勿論、電車で帰ります。557が来ました。モ550形・・・・元・北陸鉄道金沢市内線のモハ2001形だそうです。こじんまりと、よくまとまった車体。スカーレット色は、少々にあわない気もしますが、良い電車。サボは「長良北町~岐阜駅」で、この電車は岐阜駅行です。電停の名は忘れましたし、電車のある地図は持ってないので、わかりません。
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(5) ここから電車に乗ったようです。たぶん、この556に乗ったのでしょう。突き当たりの白い看板は「萬松館」、右上の端っこに天守が写っています。結構、面長に見える電車です。サボは「長良北町~新岐阜」
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(6) 新岐阜です。途中の徹明町で降りて、お好み焼きを食べた記憶も有りますが、この旅ではなかったかも知れません。この電車が556という事は、(5)の556ですから、徹明町下車は無かった可能性も大。
 ・・・・・で、ここは新岐阜。右端にカメラを持った青年が写っています。どこか、遠くから写しに来た鉄道ファンかもしれません。
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(7) (6)の556を拡大してみました。
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(8) 紛れも無き、名鉄の「新岐阜駅」改札前です。画像加工をしていて、「みたらし・カレー・五平餅、きしめん・生そば」の文字が妙に懐かしかった。
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(9) 豊明行の準急はモ3550形3552です。ステップつきの三扉車で、もちろん日車製。私たちの居るホームに特急が来るのでしょう。当時は、「特急」だったか、「高速」だったか、定かではありませんが・・・・・。
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(10) 転換クロスシートの連続窓。7000だか、7500だか、7700だか判りませんが、まあ、そのクラスの電車。今見ると信じられないくらい若いヤツ(笑)が写っています。42歳だもんね。
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(11) 国鉄の名古屋駅です。大時計は16時50分を指しています。・・・・で、この場所なんですが、国鉄名古屋駅東側正面から、改札を入ったあたりかと思うのですが、ご存知の方、いらっしゃいましたら、お教えください。
 高い天井、アーチ形の窓、正面の時計・・・・・大改良で現在は無くなっちゃったんでしょうね。
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(12) 新幹線・・・・・ガラ空きですね。新横浜までですから、たぶん「こだま号」。広窓、転換式のクロスシートは、今になれば懐かしい。窓ガラスに映ったカメラは、白く三角の軍艦が写っているので、たぶん「ミノルタSR-1」か、「コーワSETR」のようです。画面が広角っぽいので、当時、よく使っていた、ミノルタSR-1にF4の35mm、フィルムはASA400の組み合わせかもしれません。
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 この時の写真は、これっきりです。次回は、何にしようかと、ボケ気味の、中味の薄い脳ミソを掻き回しています。


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汽車の窓から:名鉄1955年(3終) [中京・中部地方の鉄道風景]

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 高校2年生から3年生に変わる1955年・昭和30年3月京都・奈良の修学旅行。東京から京都まで、東海道本線を名古屋までEF58、名古屋からC59牽引のスハ32などを連ねた貸し切り列車で行く途中の、名古屋地区、名鉄の写真です。今の高校生たちは、もっと遠くとか、外国へも行くようですが、当時はそんなもんでありました。

 汽車の窓から:名鉄1955年(3終) 

 (1) 名古屋で機関車をEF58からC59に付け替えまして(付け替えシーンの写真、無くってすみません)、再び列車は走り出す。再び名鉄と併走、栄生駅付近です。名鉄の電留線がありますね。これは、ナンバーが読めました。3900系です。私には、外観を見たくらいでは、3850と3900を、見分ける事が出来ません。
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 (2) 御馴染みの名鉄、西枇杷島駅、オーバークロスです。電車が居ます。なんでしょう?
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 (3) 拡大してみました・・・・なまず兄弟(姉妹?)、モ850+ク2350でした。さっきの岐阜行き各停ですね・・・たぶん。機関車を付け替えて居る内に、先行していたようです。

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 (4) 列車は尾張一宮駅に入ります。たぶん、停車はしなかったと思うのですが、な~んにも覚えておりません。併走してきた名鉄の特急岐阜行3400系4連が、新一宮駅・・・たしか、当時は名鉄一ノ宮ではなかったですね・・・・に入ってゆきます。

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 名鉄関係の画像はこれで終わっています。


coffee.gif 今回で、1954年、1955年とお送りした名古屋鉄道シリーズを終わります。ご愛読有難う御座いました。

 こんどは、先日お知らせした東武鉄道日光軌道線1961年・昭和36年にしたいと思っています。すでに、フィルムのスキャンは終わってますが、画像の選択、加工が、未着手。明日って訳には行かないかもしれません
 ・・・・・では、また!!!

 

 


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汽車の窓から:名鉄1955(2) [中京・中部地方の鉄道風景]

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改行が思った様に出来ませんので、なんだか間の抜けた画面になってしまいました。So-netのブログサーバーの不調かもしれませんし、新機能を使いこなせない私の所為かもしれません。それを断定できる知識・技術もありませんので、申し訳ありませんが、見逃してやってください。

 私の住んでいる東京都町田市の忠生という地区に500mを越す寒緋桜の並木道があります。花の時期には真っ赤な道になる訳ですが、昨日、そろそろ咲いているのではないかと、覗きに行って来ました。蕾も赤くなり、一部、気の早いのは咲き始めて居りました。昨年から咲き始めた蝋梅、梅も紅白咲き乱れております。そして、この寒緋桜!昨年より少々遅いけれど。

 あと一ヶ月もすれば、ソメイヨシノが満開になって春もたけなわって、季節になるのです。もう少しの辛抱です。

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 お早う御座います。ブログを書いていて、思った様なレイアウトに出来ないというのは、じれったくなってしまう。あのメンテナンス以来、画面の構成がアバウトな感じになってしまって、しかも、自分の意思ではないというのが問題なんです。

 ひょっとして、私の使い方の問題かもしれないのだけれど・・・・・。仕切り用の横線に色も付けられなくなっていたりもします。

 

 ・・・・・まあ、いいや!今日の書き込みを始めましょう。昨日はお出かけ通信でしたので、一回飛んで、一昨日の続きです。

 

 汽車の窓から:名鉄1955年(2) 

 

 朝起きからいきなり鼻炎なんですね・・・不愉快な事、おびただしい。もう50年以上のお付き合いでもあるんですけれど。

 

 さて、高校2年から3年にかけての3月の事でありました。1955年・昭和30年です。修学旅行で奈良・京都、ま、当時はそんな辺りに行ったものです。その往路の、貸切の客車列車。懐かしのスハ32とか、オハ35とかだった記憶があります。

 

 名鉄の神宮前駅でモ3400の4連を見て、列車は熱田駅を通過。

 

(1) 上りの急行貨物とすれ違います。EF58が牽引し、前から、EF58~ワキ1~ワキ1000~ワム90000・・・・当時の急行便のカタログみたいです。

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(2) 熱田駅の構内を抜けた辺りと思われますがはっきりしません。電車は名鉄の規格型で、左がク2800、右はモ3800

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(3) 一寸走って、この旅の翌年には中日球場前駅となる山王駅が近づいてきます・・・・たぶん。ヒゲの電車、鯰と言われたモ850。ネガを見ると、左=ク2351、右=モ851と読めます。この駅、現在は山王駅に戻っているようですが。

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(4) (3)のク2351+モ851を追い抜きました。
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(5) すぐに各停の電車とすれ違います。2ドアでドア間の窓10枚、ステップ付きのドア、埋め込み前照灯、ボケたネガではナンバーがにじみ、読み取れません。最初の桁が3・・・かなあ?と読めますが、3で始まるトレーラーってありましたっけ?窓の数で行くと、モ800+ク2300???かなあと思うんですが、まあ、ともかく、この800ファミリーのヒストリーは複雑みたいで、通りがかりの私なんかでは、訳が分かりません。
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そんなこんなで、列車は名古屋駅に近づいてゆくのであった。次回が、最終回です。


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汽車の窓から:名鉄1955(1) [中京・中部地方の鉄道風景]

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 昨夜23時に布団に入り、即、熟睡。今朝の起床が5時15分くらいでしたから、随分寝たものです。こんなの、久しぶりで、お蔭さんでアタマはすっきりしているんだけれども、鼻が詰まっちゃっています。鼻水も出るし、花粉症が本格的になってきたようです。5月の連休明けまで掛かる訳で、あ~、ヤダヤダ!!!

 
 汽車の窓から:名鉄1955年(1) 
 
 あれは、昭和30年の春3月の下旬の事でした。高校の2年から3年に進級する辺りで、修学旅行がありました。東京駅から貸切の列車で、京都に着き、京都・奈良を体験すると言う、いまの高校生から見たら、な~んだ、それっぽっち?!って感じの修学旅行。
 でもね、東京駅から京都駅まで、スハ32とかオハ35なんかの、いわば各停用の編成で急行並みの走りで、朝から夕刻までかかって走るんですから、鉄道大好き高校生としては、熱狂してしまいます。
 

 そんなわけで、豊橋から岐阜までの名鉄並行エリアを、大いに楽しんだのです。名古屋で、機関車が電機から、蒸機に替わった時代のお話です。 
 
(1) 蒲郡駅を出て、しばらく名鉄の蒲郡線・・・っていいましたっけ?・・・と並行します。地図を見ても、現在はこの位置に駅はありませんね。向こうに海が見えて、田圃のなかに小さな交換駅、通信線の姿も、まあ、なんと長閑な眺めでしょう。前身が気動車の制御車と、モ1000でしょうか木造ダブルルーフの電動車が発車したところでした。
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(2) (1)と同じ電車です。静かな海に小島が浮かび、まるで夢のようなシーンですね。名鉄には、各種雑多な気動車由来の制御車、付随車が各線で見られました。
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(3) 安城駅では、西尾線の南安城駅とを結ぶささやかな路線と接続しました。モ1031が発車を待って居りました。カメラの速写ケースの前蓋が写り込んでしまいました。

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(4) いよいよ名古屋の熱田駅に近づきました。名鉄の神宮前駅の電留線には、ク2314+モ804(4は怪しい?)が居ました。右はク2600+モ3600でしょうか?左にちょっと見えているのは、モ3200でしょうか?名鉄は、私鉄の大合同で生まれた会社なので、沢山の形式が入り乱れていましたが、こんな風景も、まさにそんな事情の表れなのでしょう。
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(5) 神宮眼駅のホームには、岐阜行特急のク2402以下、3400系の4連が居ました。オリジナルに近い、素晴らしい造形ですね。
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 列車はやがて名古屋駅に着き、機関車を付け替え、京都に向かいました。残念ながら、何故か、名古屋駅のシーンは写しておりません。む~さん、怠慢だぞっ!!!!


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・・・・・・では、また次回、お目にかかりましょう!!!!
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汽車の窓から:名鉄1954(全) [中京・中部地方の鉄道風景]

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11621350.gif ブログの具合が如何もおかしいですね。改行も未だに上手く行かないけれど、コメントのサイドバー表示も変だし、コメントそのものも、表示されないことがあります。私のPCを疑ってみたけれど、そうでもなさそうです。画像のアップロードもサムネイル表示が出なかったり、何となく、気分が悪い。GIFアニメはサムネイル表示は出来なくなったのかなあ?以前、アップしたのはちゃんと表示するんですが。

 ま、そうも言ってられないので、書き込んでゆきます。


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 昭和30年ごろ、岩波書店から、「岩波写真文庫」ってシリーズが出ていました。白黒印刷の写真たっぷりのものでしたが、一部は大型化して復刻されていました。そのなか、No.113に「汽車の窓から -東海道-」ってのがありました。たしか、昭和20年代末の刊行だったと思います。東海道本線の東京~大阪(何故か神戸ではなかった)間の車窓風景を、戸塚文子氏の名文で解説してありました。何度も読み返し未だに開く事がありますが、お陰で表紙は無くなり、製本もがたがたです。古本屋さんで見かけたら、多少は高くっても買ったほうが良さそうです。
 
 そんなわけではありませんが、汽車の旅では、窓から随分写した時期がありました。東京から大阪まで、写した事もあり、ホームページでは公開中ですが、昔のダイヤルアップ接続時代の製作なので写真が、どうにも小さい。もっと、大きい画像でご覧頂きたいという「想いが以前からありました。


 汽車の窓から:名鉄1954年(全) ■


 このブログ、東京と関西のネタが多く、名古屋地区のページは殆どありません。・・・・で、今回は、「名古屋鉄道・・・・名鉄」にスポットを当ててみようと思うのです。1954年・昭和29年の8月、初めて、しかも長期の関西電車見物旅行、このときの往路に乗っていった、東海道本線の急行列車の窓からの撮影です。たぶん、急行・阿蘇だった筈です。
 

(1) 急行・阿蘇が豊橋駅を発車してゆきます。窓から見えたのは名鉄3850系・・・たぶん・・・の4両編成の急行・岐阜行。3900かもしれないけれど。Tc-M-T-Mcで、編成の先端部にパンタを出した綺麗な編成でありました。あのモ3400も、端っこにパンタが付いて居りました。
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(2) 列車は、熱田に近づいてゆきます。名鉄の神宮前駅にさしかかる。電留線には、3800系の2両編成が居ました。左の奥に写っているのは、2001なるナンバーのブリルMCB台車を穿いた車ですが、素性は判りません。急行阿蘇の客車は、多分、スハ43だった事でしょう。エアコンなんか無かった時代ですから、窓全開で涼をとります。
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(3) 名鉄の線路が地下へ向かって下がってゆく。このアングルの名古屋の市街は、幾つかのビルを除くと、平べったく見えます。
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(4) 名古屋を出た列車は、再び名鉄と並びます。特急・神宮前行(?)の3850系(3900系?)の4連とすれ違う。昭和28年に始めて対面した3850は、大窓、クロスシートで、私を圧倒しました。
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(5) 栄生の電留線には3400系4連も休んで居りました。
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(6) 名鉄の線路は東海道本線を離れて行き、大きくカーブして、直角に交わります。駅は西枇杷島駅。屋根も跨線橋も無い小さな駅ですが、現在はどうなっているのでしょう。
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arrow-red-right.gif この6駒で名鉄の写真は終わっています。撮影したオリンパス35-Ⅳ形。最速シャターは200分の1秒で、走行中の列車からの撮影は、如何にもブレてしまいます。

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 次回は、この翌年、1955年・昭和30年の3月、高校の修学旅行で、名古屋を通り掛ったときの車窓写真を、三回に亘ってお送りいたします。
 
 先日の大規模メンテナンスの後、このブログ、如何も具合が悪い。段々、修正されてゆくのでしょうが・・・・・ま、なんとか、折り合いをつけながら、待つしかないですね。(弱々しく・・・笑)
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