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東海道本線各停旅1960年 ブログトップ
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昭和35年東海道各駅停車の旅14 [東海道本線各停旅1960年]

So-netのブログは流石にβ版だけあって混雑タイムには使いにくいなあと思う今日この頃。でも、プロバイダSo-netは1998年以来のお付き合いだし、今後もお付き合いしたいし・・・・困ったものであります。So-netさんも、頑張っているようなので、ひたすら待つしかないのでしょうね。よろしくお願いしますよ~ソネット様。

・・・・・って訳で、6月6日(火曜日)の日記。朝から家でウダウダやってましたが15時にお出かけ。22時まで仕事。夕刻、小田急の鶴間駅で一寸だけ電車見物。大活躍中のうちに、5200、5000を撮っておかねばならんなあと思う。良い電車だ。

ホームページから削除してしまった『小田急昭和35年のアルバム』を復活させねば・・・・と思う。新旧取り混ぜて、元気に働いていた時代でしたものね。

・・・・・・で、今日の本題。

■ 1960年3月 東海道本線各駅停車 ■

13時09分に藤枝から乗った客車列車、東京駅発8時20分の京都行き125列車。いよいよ最終目的地の袋井駅に到着です。14時03分。藤枝駅から37.8kmです。東京からだと、238.1kmですから、京都までの半分は来ていません。昔々大昔の東海道五十三次では、袋井の宿が全工程の中間地点と聞いた事があります。ルートも違うので、そんなものかなあと思う。

停まった列車の窓から、目の下に静岡鉄道駿遠線のターンテーブルが見える。可愛い超軽量級。画面左側には新藤枝からのキロポスト。『60粁786米81』と細かくこだわって居ます。


京都行き125列車は出て行きます。最後尾の車はオハフ33でしょうか・・・・。左側に駿遠線の客車が見えています。私は、もう嬉しくって仕方がありません。


秋葉線を『あきわせん』って読むとは知りませんでした。とうとう、袋井まで来てしまいました。途中の藤枝での寄り道を含めて、8時間ほど掛かっております。

静岡鉄道駿遠線と秋葉線が私を待ってます。国鉄ホームのお隣に並ぶ駿遠線のホームには気動車が客車を一両引いて、発車時刻を待っています。

キハD5、前後に荷物デッキをつけた可愛らしいクルマです。

清掃係の小母さんが優しく窓を拭く。

跨線橋を渡って駅前に出ました。広場を挟んで、静鉄秋葉線のターミナルがありました。新袋井駅。

左側の大看板は『奉祝 皇孫殿下御誕生 東京猛獣サーカス特別公演』とあります。静鉄の職員さんの制服は詰襟に護謨長スタイル。

一寸だけ、街を行く秋葉線の電車を写したりしました。

東海道本線各駅停車の旅、今回の旅はこれでお仕舞いです。静岡鉄道駿遠線の袋井駅と袋井工場で車両を写し、何故か乗らずに、帰ることにしました。たしか、静岡駅で降りて、静岡鉄道の新静岡駅まで行き、すこしは電車を写した様です。さらに、静岡鉄道の本社にも立ち寄って、手紙で親切にいろいろお教え下さった静鉄社員のかたにお礼を申し上げたかったようです。なにしろ46年も昔のことゆえ、記憶はぼやけています。

袋井駅を後にする時に写したのでしょう。東海道本線の袋井駅ホームでのショット。国鉄ホームに並ぶ駿遠線ホームです。

東海道本線各駅停車の旅:昭和35年版を14回にわたってご覧くださって有難う御座いました。

このブログに明日からは、何を出そうかと考えているのですが、いまのところ何が何だか、決まっておらず・・・・・・・・困っている私です。

・・・・・・・では!!!


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昭和35年東海道各駅停車の旅13 [東海道本線各停旅1960年]

22時も過ぎれば、例によって、So-netブログの大混雑ゆえ、日記の書きこみは翌朝となっています。早期解決が望まれます。So-netさ~ん、頑張って!!!

昨日6月5日月曜日、数日前に市・都民税の納付書が送られてきたので、午前中に銀行に行き一年分全額納付。午後は夕刻まで外出。電車の話題無し。

そんな訳で連載ものの東海道・・・・・・。

■ 1960年3月 東海道本線各駅停車 ■

東京駅発8時20分の京都行き125列車、勿論、客車列車。島田駅を定刻に出て西に向かいます。大井川を渡り、牧の原台地の北の裾を、大きくカーブしながら走る東海道本線に大井川鉄道の単線の線路が近づき金谷駅。

急行貨物とすれ違います。オレンジ帯の急行用の貨車の列。ワキ1000、ワム90000。

懐かしい形の家々・南アルプスへの入り口の標識

金谷駅13時26分発。直ぐにトンネル。昔は堀の内という駅名だった菊川駅は13時44分。


お茶の栽培されている丘陵地を左右にカーブしながら走る。

掛川駅13時53分。

台車に山積の竹箒は、この辺の名産だったのでしょうか・・・・。

小笠郡は、お茶の産地。

いよいよ、この旅の最終目的地、袋井に列車は近づいて行きます。静岡鉄道駿遠線の西の国鉄連絡駅。遠州森町に至る路面電車、静岡鉄道秋葉線も出ておりました。

袋井駅でのお話は、また明日・・・・・・・・。


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昭和35年東海道各駅停車の旅12 [東海道本線各停旅1960年]

6月4日日曜日、雨は無かったけれど、梅雨前のはっきりしないお天気。午前中はPCと格闘。午後は夕刻まで出かけていたのですが、電車との接点は、小田急電車のガードをくぐった時に、上を電車が通過、その形式も覚えていない、そんな程度。

何時もの、東海道本線各駅停車のお話を続けます。

■ 1960年3月 東海道本線各駅停車 ■

今日の第一の目的地『藤枝駅』に到着しています。目的は『静岡鉄道駿遠線』で、国鉄藤枝駅を出て右側直ぐにある駿遠線の『新藤枝駅での駿遠線鑑賞』、そして『大手駅・工場の見学』です。

静岡鉄道駿遠線:新藤枝駅構内の光景・・・・・・・・む~さんは多数の車両を鑑賞し、撮影して大はしゃぎ。そして気動車で大手に向かいました。

静鉄駿遠線(大手線)の大手駅です。昔々の悪戯書き・・・・。

一応、この旅の写真から描いたものです。キハD6。

ついでに、切符も一枚。これは、昭和33年の訪問時、車内で購入したもので、駿遠線全線の駅名が出てるので・・・・・。

全長64.6km、当時としては、日本一の大軽便鉄道でありました。

この日の静岡鉄道駿遠線訪問のレポートは、私のホームページの下記のURLでご覧になれます。ついでの時にでも、どうぞ。
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link238.html


駿遠線も見たし、次の目的地、袋井まで行きます。袋井駅は上の車内補充券にあるように、静岡鉄道駿遠線の一方の国鉄連絡駅なのです。

藤枝駅から乗ったのは、東京駅発8時20分の京都行き125列車。客車列車です。藤枝駅13時09分発。

国鉄藤枝駅にあった面白い施設。

京都行き125列車は藤枝駅を後にします。

藤枝~島田間の線路風景

島田駅に着きました。13時18分に発車です。ホームの時計を見ると定時運行していたようです。

これから列車は大井川を渡り、金谷駅に至ります(大井川の写真は無いんですが)。そこから先は、また明日。


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昭和35年東海道各駅停車の旅11 [東海道本線各停旅1960年]

日曜日、昼からお出かけ予定。午前中の暇な時間帯にブログ作成。連載企画の東海道本線各停の旅。

■ 1960年3月 東海道本線各駅停車 ■

東京駅発5時56分大阪行123列車。静岡駅を出て走る。茶どころ静岡の広告看板が出ている。進行方向左か右かもわからないけれど、静岡駅~用宗駅間である事は確かです。フィルムの順序から云えば安倍川を渡った辺りの筈ですが、なんとなく左側みたいな気もしますが、如何でしょうか?

用宗駅10時35分。右側に写っているローカル貨物列車はEF58が引いている。

用宗駅を出て直ぐ、左側。どうやら日本坂トンネルの新幹線への転用関連の工事らしい。現在は、ここの写真の真中に向かって東海道本線が走っている。この頃は海が見えなかった。

漁港の街、焼津駅10時44分。

さすが、漁業の街・・・・冷蔵車がずらりと並ぶ。記憶では、駅前のビルに大きな魚のネオンサインがあった。

ついに藤枝駅10時52分到着。200.3km各駅停車の旅は、ひとまず終わりました。静岡鉄道駿遠線のディーゼル機関車がちらりと見える、もう、嬉しくってわくわく致します。
・・・・・・フィルム取り出し時の手違いか光線曳き、しかも、部分伸ばしで見難い写真になりました。

ここ、藤枝駅で、東京駅から付き合ってきた、大阪行き123列車ともお別れです。

静岡鉄道駿遠線乗換駅の表示が嬉しい、む~さんでありました。

藤枝で下車し、『静岡鉄道駿遠線の新藤枝駅と大手駅を見学』した後、またも各駅停車に乗って袋井に向かった私であった。

続きは、また次回に・・・・・・・。


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昭和35年東海道各駅停車の旅10 [東海道本線各停旅1960年]

今日6月3日土曜日、用事があって車で小田急の柿生駅近辺まで行ってきた。途中、小田急沿いの道を通り、小田急の上下をクロスしたので、小田急の電車とも会えたけれど、殆どが3000系。
昭和38年、小田急沿線に引っ越してきた頃から43年間、ずっと小田急の電車を見てきたが、だんだんと形式が減ってきており、今度、5000系が減り始めるとの事。寂しいなあ!!!

今日の鉄道関係の話題は微小なんで・・・・・、連載の東海道各停の旅。

■ 1960年3月 東海道本線各駅停車 ■

東京駅発5時56分大阪行123列車は、清水駅を10時08分に発車しました。清水を出ると海側に静岡鉄道が平行する、結構、楽しい区間ですが、そう何本も出会えるチャンスも無い。うまい具合に静鉄の電車とすれ違います。新清水行きの急行モハ17の単行、元・東急のデハ3250です。
 

そして草薙駅10時15分

 
とうとう、列車は静岡駅に到着しました。静岡駅10時22分着・10時27分発で、5分停車です。今と違って、駅は高架ではなく、地平にありました。駅付近には大きなビルは少なく松坂屋が目立ちます。

そして、5分停車とあれば、お弁当屋さんの登場です。

左端の写真の『お弁当部分のクロースアップ』です。今思うと安いですね~!


東京を出て、180.2km/4時間26分、静岡まで来ました。いまの新幹線のぞみ号でしたら、広島を過ぎ、1,027kmの新山口駅あたりまで行くんでしょう。
まだまだ、旅は続きます。次回は、用宗駅からです。


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昭和35年東海道各駅停車の旅(9) [東海道本線各停旅1960年]

6月1日(木曜日)、朝の9時過ぎに仕事で出かけまして、帰宅が17時過ぎ、晩飯を食ってから又外出で帰宅22時過ぎ。結構、忙しく終わった日でした。ま、それはそれなりに楽しかったんですが・・・・・。
そんな訳で『鉄道話』はありませんでした。

・・・・・で、例によって連載の昭和35年の東海道本線です。

■ 1960年3月 東海道本線各駅停車 ■

私の乗った東京駅発5時56分大阪行123列車は富士駅に近づきます。

富士駅です。発車は9時33分着35分。身延線への乗換駅。残念ながら身延線の電車を写した駒はありません。

富士川(最近になって「ふじかわ」と川を濁らずに読むんだと知りましたが)を渡ります。大きく左にカーブして岩淵駅9時40分(現・富士川駅)

この駅からは、次の蒲原駅との中ほどにある日本軽金属への引込み線が出ていて、『連接構造のディーゼル入換機関車』を、何時の頃だったか見た記憶があります。
今では、新蒲原という駅が、その日本軽金属の近くに出来ておりますね。

蒲原駅9時47分。

この辺りから、東海道本線は海に近づき、幼い頃の私を喜ばせてくれました。波打ち際からコンクリートの護岸を挟んで直ぐに線路でした。国道一号は東海道本線と背後の山との間を走って居りました。

由比駅9時52分。

ここを出ると、山側から国道1号が東海道本線をオーバークロスして、海との間を走るようになります。海辺には活き魚料理の店があったりしました。
いまでは、東名高速道路、国道1号のバイパスとかも出来、すっかり風景が変わってしまいました。・・・・・が、コンクリートの波除構造物が後まで残っておりました。今でも有るかもしれません。

興津駅10時00分。

由比をでて、トンネルを抜け、夏の間だけ海水浴場駅として袖師駅がありました。昭和35年当時、夏の営業をしていたかどうか判りませんが、その仮駅を通過します。(綺麗に手入れされており、ひょっとしたら夏の間は停車していたのかもしれません。)
先年、現場に行ったんですが、そのホームの存在位置をはっきりとは確認できませんでした。ここにあったという事だけは確認できましたが・・・・・。

  
次の停車駅は、東京駅から169.0km、清水駅です・・・・・・・・・・・。
清水駅10時08分。上りの側線には貨物列車はEF1018(16かも・・・)が牽引されて停車中でした。

清水と言えば、私が第一に思い出すのは、矢張り『次郎長』なんです。近所に巨大な100円ショップ『ダイソー』があるのですが、何年か前、そこで先代・広沢虎造さんのCD、浪曲『清水次郎長外伝』全5枚を買ってきました。私が中学生だった頃ですから、昭和20年代後半でしょうか、民間放送のラジオ東京・・・・いまの東京放送TBSが開局し、続いて文化放送とか開局が続きました。そのどっちだか忘れましたが、この虎造さんが、この浪曲をやっていて、毎週、楽しみにして聞いていました。このCDは、後の録音なのかもしれません。
5枚セットで500円は超お買い得です。彼の芸に感服します。いまでもダイソーに行けばあるかもしれませんが、良く分かりません。
清水には路面電車もありました。静岡鉄道清水市内線。市内にその車両が一両、保存されています。

そんなこんなで、清水まで来ました。次の草薙駅から先は、また明日。


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昭和35年東海道各駅停車の旅(8) [東海道本線各停旅1960年]

5月31日(火曜日)、・・・・月が変わり6月1日になっての翌朝書きこみ・・・・夜遅くは毎度の大混雑でブログの作成・編集は困難で、早期の改善・解決が待たれますね。
昨日、6月の最終日、街に出て、掛かりつけの医師と面談。ま、良い方向に行きそうで、ひと安心。仕事は無いし、体休めの一日でありました。
水曜は、夕食製造担当なので、ゴーヤーチャンプルーに、前日の鯖の味噌煮の焼き物(これが美味い)、胡瓜もみ(ワカメ入り)を作る。チャンプルーは、ゴーヤー、豆腐、もやし、更に沖縄土産に頂いてあったポークを大量に加えて雰囲気十分。絢爛豪華な食事であった。わははははは・・・・。

そんな訳で、昨日は鉄道ばなしは無かった。・・・・・で、連載モノをやります。

■ 1960年3月 東海道本線各駅停車 ■

東京駅発5時56分大阪行123列車は、沼津に居ます。


客車の列車が停まってるだけですけど、『旅』ですね~。

沼津は9時07分に発車。お次の停車は、原駅で発車は9時15分。上り浜松発東京行322列車9時21分発普通列車とすれ違う。

上りの322列車牽機はEF583。富士の眺めも素晴らしい。

列車は良いお天気の中、富士山を見ながら東海道を下って行きます。

東田子の浦駅9時21分。

 
吉原駅9時27分。岳南鉄道の接続駅。

 
岳南鉄道のホームにはこんな電車がいました。

次ぎの停車駅、富士へと列車は行きます。車窓富士。

私の愛読書だった名著・岩波写真文庫『汽車の窓から』の表紙を真似てみました。・・・・・全然、及ばないけど・・・・・

次ぎの停車駅は、身延線連絡の富士です。・・・・・・では、また明日。


■■付録■■タム2850のこと■■

原駅でのEF58と富士山の写真のタンク貨車を拡大、画像処理してみました。

なんとかナンバーも読めて、形式タム500のタム2850。ネットで調べましたら、ピンポイントで日本石油輸送㈱のガソリン専用貨車だと判明。
この拡大写真のタム2850の下の字はたぶん『揮発油専用』なのでしょう。その気になると、そのようにも読めますね。


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昭和35年東海道各駅停車の旅(7) [東海道本線各停旅1960年]

5月30日(月曜日)、・・・・何時もの通り翌朝の書きこみなんですが・・・・昨日の仕事は夜だけで、昼間のうちは家事雑用。

って訳で、連載の・・・・・・・

■ 1960年3月 東海道本線各駅停車 ■

東京駅発5時56分大阪行123列車は、特急こだま号に熱海駅で抜かれる為、14分停車ののち8時28分発車、丹那隧道に入り疾走中。

・・・・・で、丹那隧道を抜けました。西側の出口です。
 

函南駅が近づき、おりしも世紀の大事業、大愚行と云われもした東海道新幹線の工事は、すでに始まっておりましたが、ここでは新丹那トンネルが工事中です。この写真の山すその工事基地らしい建物の屋根には『新丹那トンネル』の文字がネガの段階だと読み取れます。

函南駅到着です。


函南駅発8時40分。
 
三島駅8時49分。熱海で同じ客車に乗っていた高校生達が降りて行きました。

  
発車。三島駅の沼津駅寄りの側線には各種の事業用車が置いてありましたが、当時は、こんな古典客車も事業用として生き残っていたのです。

国鉄事業用車博物館というホームページを見ますと、ナヤ9830という車両らしい。1900年代初頭、鉄道作業局製のオハのようです。木造ですが20m車で、丸屋根のお洒落な感じのクルマです。同じようなクルマをその頃、錦糸町の地平にあったヤードでも目撃しています。

左側、出自は判りませんが、元々は電車っぽいですね。右はオハ30のファミリーらしく思われます。

C5079に出迎えられて沼津駅に到着しました。8時56分着、11分停車で9時07分発になります。

  
どういう成り行きだったか全然覚えていませんが、列車のお尻に付いていた、私の大好きなスハ32(丸屋根)とスハフ32(二重屋根)の2両が、このC50ではずされたらしく、最後尾はスハフ42になっておりました。
沼津駅のお弁当屋さんは桃中軒でしたね。この時刻だと朝御飯か・・・・。

『ぬまず食わずで沼津まで・・・・』なんてフレーズも聞かなくなりました。沼津には機関区、客車区もあり構内も広大で鉄道の好きな乗客には一大イベントでありました。

この先は、また次回に・・・・・・・。


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昭和35年東海道各駅停車の旅(6) [東海道本線各停旅1960年]

昨日の早朝、書き込もうと思ったら、5時だけどサーバーが込んでたので、夕方、小田原の話を書きました。サーバー混雑が多いなあ。

5月29日(月曜日)、・・・・恒例の翌朝書きこみ・・・・朝から小田原の大雄山線に行ってました。これは、昨日、書きこんだんですが、今朝は何時もの連載モノ・・・・・・・

■ 1960年3月 東海道本線各駅停車 ■

東京駅発5時56分の大阪行123列車に乗って、湯河原まで来たんですよね。湯河原を出た列車は長いトンネルを抜けて熱海に到着しました。

熱海駅8時14分着~8時28分発、14分停車です。

14分もの停車は7時東京発の『特急こだま』を退避するのです。

来た~あっ!!!三つの前照灯点灯で・・・・その格好の良いこと!


  
発車待ちのスハフ32の車内は通学の高校生が多かった。私とは5歳ほどの差ですから、いまでは皆さん、お祖父さんなんでしょう。年月の流れは特急列車です。ダブルルーフの室内構造が良く見えます。この電灯器具も良い感じで、幼い日、眠れぬ夜行列車で見上げた天井を思い出します。


14分停車で8時28分熱海駅発車、伊東線の電車が居ます(今とホームの位置が違います)。

クロースアップすると・・・・・・・このスカ線カラーの電車たち、なんだか見かけない形式。

・・・・・・・・で、鉄道仲間に相談しました。

クハ二67900台+モハ70+サロハ49001+モハ70+・・・・だそうで、1両目は、クハ55改造→クハ二67900(昭和31年11月~31年2月)、この時荷物室扉は拡幅せず両開きとしたため一見クハ55と見間違えます。2両目はモハ70、3両目、元横須賀線貴賓車クロ49→クロハ49(昭和28年5月改造)→サロハ49001(昭和31年10月再改造)と思われます。
ご協力下さった、STさん、TMさん、有難う!!

東海道本線・伊東線共用のトンネルを抜け伊東線来宮駅の脇を通り、丹那トンネルに向かう。左に写っている三個の円筒形の構造物は新幹線のトンネル関係の工事と思われますが如何でしょうか?

丹那トンネルに入りました。熱海側入り口を中から見ています。昔は、こんな長大トンネルに入ると腕時計を見たものです。7~8分掛かったみたいな記憶。

トンネルを出て、列車は、函南~三島~沼津へと進みますが、それはまた次回に・・・・・。


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昭和35年東海道各駅停車の旅(5) [東海道本線各停旅1960年]

早朝5時だけどサーバーが込み合っているため、またあとで・・・・とのコメント。こんな時間帯に込むなんてちょっと不思議。再試行したらつながったので書きこんでます。

5月27日(土曜日)、・・・・またも翌朝、書いてます・・・・午前中、近所の農協のショップに、お野菜の買い物。ついでに行き付けのファミレスで珈琲ブレイク。午後はちょっと昼寝。さしたる出来事も無く、今日も昨日の続きです。

■ 1960年3月 東海道本線各駅停車 ■
文字に色がつけられた!太字体も出来てちょっとだけ、お利口になれました。
 こんなマークも書き込めるんですね。いままで、知らなかった!せいぜい利用しましょう。

東京駅発5時56分の大阪行123列車・・・・客車列車・牽機はたぶんEF58・・・・の一番後の車両、スハフ32のダブルルーフ車に乗っています。小田原を7時43分に発車しました。

早川駅7時48分。いまは、駅前が漁港になっています。当時は如何だったのでしょう?
昭和40年代後半以降に、何度も釣り(港内と舟)に来て、お馴染みになった駅ですが、昭和35年当時は降りた事も無かった。

早川を出て海を見ながら走る区間は子供の頃から好きで、私にとって東海道本線の大イベントでした。このころ、真鶴道路の建設工事をやっていたようで殆ど出来あがっております。・・・・と、今まで思ってましたが、調べたら前年、昭和34年9月の開通とあった。この区間は如何だったのでしょうね?

根府川駅7時55分。

撮影名所の鉄橋を渡る。白糸川って地図には書いてあります。今の様な柵もなくすっきりしています。右下の真鶴道路、開通している様には見えないのですが、如何なのかなあ?とちょっと気になる。

根府川~真鶴間には窓のあるトンネルがありました。赤沢隧道って言ったかな?目がチラチラしてザッザッと風切り音がして好きでしたね。

そのトンネルを抜けたところです。このトンネルの窓のある壁は、海から見ても目立ち、大人になって昭和40年代後半から50年代にかけて釣りに狂っていた頃、早川港から釣り舟に乗ると、よく見えましたっけ。

ここは、崩落が多いらしく現在では新しくトンネルを掘って通らなくなりました。しかし、窓のあるトンネルは未だ残っているはずです。

真鶴駅8時02分。真鶴半島は、釣りとかに、かなり通いました。真鶴港で息子と一緒に寒風の中でのチンチン釣りをしたのは、良い想い出です。しかし年をとるにつれ、だんだん寒さに弱くなりました。ほかにやることも出来て、そっちが忙しくなり、昭和60年ごろから、釣りは一時休止状態になっています。

湯河原駅です。8時07分。

湯河原を出て1キロも走れば千歳川、神奈川県ともお別れです。列車はもうじき、当時は結構メジャーな観光地だった熱海に着きます。新婚旅行と言えば、箱根・熱海の時代でした。

・・・・・では、また明日。 


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