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土佐電気鉄道200形電車 [四国の鉄道]

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pen-pc.gif この9月の松山~高知の旅で、高知の土佐電鉄の200形と600形電車が、かなりの高齢にもかかわらず元気で走り回って居るのが、記憶に残りました。
 今回、その土佐電気鉄道(10月1日から「とさでん交通」)、地元での愛称「とでん」の「200形電車」のアルバムを作りましたので、ご覧下さい。あわせて、200形のモデルとなったといわれる、東京都電6000形の写真も少々・・・・・。

■■■ 土佐電気鉄道200形電車 ■■■

pen-rei2.gif 土佐電鉄200形電車のモデルといわれる東京都電6000形ですが、1947年~1952年に290両が製造された、大家族電車です。同年代の似たような車体、3000形=242両、4000形=117両まで加えると649両ですか・・・・凄い両数ですね。あ、そうそう、狭軌線14系統の2000形も似て居ますね。 

(1)勝鬨橋上の都電6000形6082?です。1953年10月
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(2)1960年の夏前でしょうか。室町三丁目の銀座通りを行く銀座三田行きの1系統6012です。
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(3)1974年の32系統・学習院下の6209早稲田行。左の7087は荒川車庫行。
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(4)2005年4月、「荒川区立あらかわ遊園」に展示された6152ですが、ちょっとグリーンが明る過ぎの感あり。
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pen-para.gif さて、主題の土佐電鉄200形電車です。
pen-pc.gif 200形は1950年・昭和25年から1957年・昭和32年にかけての7年間に21両が製造されました。Wikipediaに拠りますと、のちに、3両が2000形に装備品を譲ったり、3両が廃車されたりで15両あるみたいですが、未確認。

 高知の「とでん」は、10月1日から「とさでん交通」と名を変えましたが、高知市民、高知県民の方々は、何と呼ぶことになるのでしょう?「とでん」を使い続けるか、はたまた「とさでん」になるのでしょうか?

 その土佐電鉄の200形を並べてみます。都電6000形にそっくりですね!ヘッドライトの位置は違いますけれど。 

pen-rei2.gif 1956年7月の高知の目抜き通り・・・堀詰です。

(5)電車217のバックに百貨店:高知大丸が見えて居ます。
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pen-rei2.gif 3年後の1959年7月、高知へ行った時に写して来ました。

(6)公園通に停車中の安芸行準急は、221ともう一両の200形の重連でした。もちろん総括制御で三本のジャンパ線とエアホース、密連で結ばれておりました。
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(7)この頃は、後免から安芸に至る鉄道線がありまして、高知市内からの電車が乗り入れて居ました。200形の重連が野市駅に到着するところです。乗り入れの600形が留置されています。
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(8)公園通・電停の501。500形は、1954年製造の200形の車体を持ったカルダンドライブ・高性能車でした。のちに200並みに改造され、2002年、廃車されています。
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pen-rei2.gif  次に、高知で電車の写真を撮ったのは1961年の10月でした。

(9)公園通の213。
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(10)公園通で220。これは、総括制御車で密連と三本のエアホースが見えます。
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(11)201です。こっちは、総括制御ではないので連結器・エアホース・ジャンパ線はありません。
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pen-rei2.gif 1993年9月にはカラー撮影になりました。

(12)高知駅前の200形208。播磨屋橋からの電車は久尾地益直前で直角に右折し、そこが高知駅前の電停でした。ワシントン椰子の列がいかにも南国。
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(13)さんばしの車庫に行きました。目的は「外国の電車」でしたが、200形も居ました。214。
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(14)はりまや橋交差点に「とでん西武」という百貨店がありました。ここの二階か三階に喫茶店がありまして、電車を見るのに実に具合がよかったのです。電車は210です。とでん西武は、のちに閉店し、ビルは更地になり・・・・その後、ビルが建てられました。確かパチンコ屋さんです。
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pen-rei2.gif2003年2月・・・・高知を訪れました。この時からカメラがディジタルカメラになりました。 

(15)高知駅前の201です。この時には、はりまや橋からの電車は、駅前で曲がることなく、まっすぐに高知駅に到着するようになっていました。
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(16)高知駅前と高知橋・電停の間あたりを、高知駅前に向かう215です。この辺りはセンターポールになって居り、景観がすっきりしています。
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(17)この頃は、地平駅だった高知駅。その高知駅前に到着する215。松山のお菓子の広告が掲げられた高知駅ビルは、高架化とともに解体されました。いまでは、高架上にはドーム状の上屋つきのホームができています。
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pen-rei2.gif 今年・・・・2014年9月、高知へ行ったんですが、電車で目立つのは、200形に600形でした。200形は車齢60年を越していましたが、元気なものでした。

(18)堀詰で205・・・・ごめん行。
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(19)204です。窓の上半分がHゴム支持、正面窓が大型化されています。大橋通で。
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(20)はりまや橋で、211。
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(21)はりまや橋で、高知駅に向かう202・・・・屋根におっそろしくゴツい、エアコン機器が乗っています。
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(22)大橋通あたりを行く212。
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(23)大橋通~高知城前のあたりは芝生軌道化されていました。205です。
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coffee.gif 1950年・昭和25年から1957年・昭和32年にかけて21両製造された、200形電車は、全数ではないようですが、今も元気で南国の街を、東西に、南北に、疾駆しています。そんな昔馴染みの電車たちを、アルバムにしてみました。

 では、また、次回!!!!!


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