So-net無料ブログ作成

池上線(3)雪ケ谷大塚車庫1955年 [東急・池上線]

icon-ikegamiline.gif
pen-pc.gif 2月17日ブログを書いて以来、更新して居ない。15日に渋谷へ行ってから、お出掛けが全くないのです。半月も穴があきますと、以前と同じ状態ん戻ってしまいます。これは、マズいです。
 昔の話題でお茶を濁そうと、東急池上線のお話を入れる事に致しました。

pen-para.gif そんな訳で、半月ぶりのブログです。
 私は、我が家の近所の、幼い日の何時もの遊び場であった、東急池上線と国鉄品鶴線に特別な気持ちを持って居
るのです。
 「鉄道ファン・む~さんの『育ての母は東急池上線』で『育ての父は国鉄品鶴線(貨物線)』」
だと思うのです。そう言う訳で、始めた『池上線特集』の『第三回目』として、昭和30年春の池上線・雪ケ谷大塚の車庫で写した何枚かの写真を並べてみました。

■■■ 東急池上線(3) ■■■
■■■ 雪ケ谷大塚車庫1955年 ■■■

pen-para.gif 1955年・昭和30年4月と言いますと、高校2年から3年への春休みか、3年生になったばかりの頃と思われます。その日は、兄から借りたカメラ、オリンパス35を持って、池上線・雪ケ谷大塚駅に隣接する雪ケ谷の車庫と呼んで居た「雪ケ谷検車区」にやって来ました。高校生ともなれば、小学生時代みたいに黙って構内に入ってしまうなんて事も無く、ちゃんと事務室にお断りして中に入ったような気がします。

(1)この日の第一のターゲットは、このデハ3100。昭和になった頃の、藤永田造船所の製造になる、堅実第一って感じの角ばった電車でした。運転室扉を付ける大改造をしたデハ3101~3109と言うのが活躍して居ましたが、これは、未改造のタイプ。運転室は「真鍮のHポール」で区切っただけの開放的なものでした。着の板で区切ったのも居たような気もしますけれど、基本的には「Hポール」です。これが、この頃の私の一番好きだった電車でありました。
tokyu5504-03-ikegami3112a.jpg

(2)デハ3100の台車です。この角度から見ると、一見、ブリルのMCBって感じですが、国産のようです。
tokyu5504-03-ikegami3112b.jpg

(3)定規で引いたような角ばったスタイルは、好みが分かれるところでしょうが、私は好き。リベットの具合も中々。
tokyu5504-02-ikegami3112-a.jpg

(4)形式のところをよく見ると、デハ3110となっています。このブログを書くまで良く見て居ませんでしたが、初めて気が付きました。車体更新の前後で形式を変えて居るのでしょうか・・・・。
 ついでに、五反田~雪ケ谷大塚の行き先板もご覧下さい。
tokyu5504-02-ikegami3112b.jpg

(5)構内を照らす電柱上の電灯。良い形でしょう?あんまりカッコいいので、拡大してしまいました。もちろん、子の時代ですから、白熱電球です。
tokyu5504-02-ikegami3112c.jpg

(6)典型的川崎スタイルのデハ3200形。車体更新後の姿ですが、基本的には、形は変わって居ません。左に小さく写って居る電車はデハ3400です。
tokyu5504-05-ikegami3205b.jpg

(7)デハ3450もいました。小さなバリエーションがあるようですが、この3469は実にスマートです。
tokyu5504-04-ikegami3469.jpg

(8)icon-tsuika.gif 五反田・蒲田の方向板を拡大しました。良く見ると、実に良い書体ですね。
tokyu5504-04-ikegami3469-HM.jpg

(9)3469のお隣にはデト3014も居ました。
tokyu5504-01-ikegami3014.jpg 

coffee.gif この頃は、フィルムを如何に少ない枚数で済ませるか・・・・に気配りしつつ撮影して居ましたので、たったこれだけです。もっと撮っておけば・・・とは思いますが、そんな時代でした。

 では、また次回!!!!次は、もっと早く更新致しますね。


nice!(2)  コメント(9)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 2

コメント 9

のり

いつも素晴らしい画像のご紹介、ありがとうございます。

いい時代ですね。素敵な電車です。

運行標識に注目したのですが、(7)に写る「五反田・蒲田」の角表示、地板が円板に見えますので、ひょっとして(4)に写る「五反田・雪ヶ谷大塚」のものと表裏なのではないかと推察しました。もしご存知でしたら、お聞かせください。
by のり (2016-02-29 08:28) 

Cedar

3100は早々と消えた電車ですが、素敵な形です。
更新前の3450もいいですね。
前サボの書体も味があって、時代の気分が伝わってきます。

by Cedar (2016-02-29 10:02) 

む〜さん

■■ のり様:
 五反田~蒲田の標識は昭和30年ごろは円盤の周囲を正方形に塗装してありました。裏面が円盤型の五反田~雪ケ谷大塚だったと思いますが、確証はありません。正方形の枠は車体色の藍色だったか、旧塗装色の濃緑色だったか覚えていません。白黒写真で車体色の藍色部分と多少色が違うようなので、濃緑色かもしれません。昭和35年の写真を見ると、ベースが円盤から正方形に変えられています。
■■Cedar様:
 3100は最後はトレーラーになって、30数年、頑張ってくれました。他社に行ったものもありますね。3450はスマートで、東急の代表的形式と言えると思います。行き先板の、書体、なかなかカッコ良いですね。写真(8)として、拡大画像を入れました。

■■♪♪ hanamura様:
 「nice!」有難う御座います。
by む〜さん (2016-02-29 16:05) 

Cedar

旧池上電鉄の電動車は制御器が東横系と異なるので、早々とサハ化されたり転出したようですね。
小津安二郎のサイレント映画に池上電鉄が登場しています。
by Cedar (2016-03-01 14:35) 

む〜さん

■■ Cedar様:
 池上線は、まるで吹き溜まりみたいに、東急のユニークな電車が集まりました。
角ばった、ゴツい3100。川崎造船タイプの3150と3200。一番前まで座席と通路の伸びた子供たち人気の3300と3400。3450が来たのはだいぶ後だった気がします。それから、3250が居たのですが全く記憶がありません。他社へ転出したそうです。他に、小田急からの1300とか、京王井の頭から来た1400だったかな?も居ました。
小津安二郎監督の無声映画と言いますと「生まれてはみたけれど」でしょうか・・・。なんとなく、池上線くさいなあと思いました(私の育った大田区の風景みたいなのがありました)が、詳しい場所の同定までは出来ませんでした。

■■♪♪ フジトモ様:
 「nice!」有難う御座います。
by む〜さん (2016-03-03 14:07) 

Cedar

池上線が出る『生まれてはみたけれど』は、ブログで記事にしてます。主人公一家の家の庭先(オープンセットだと思います)を池上線が走ります。→http://cedarben.blog.so-net.ne.jp/2014-04-01
お暇ならご覧下さいまし。

by Cedar (2016-03-04 11:22) 

む〜さん

■■ Cedar様:
 ブログ拝見致しました。昭和10年頃は、御嶽山~雪谷あたりは、「生まれてはみたけれど」の世界だったようです。昔、親父がパーレットで写した家の近所の風景写真を見たような気がします。雑木林と畑と戸建て住宅の所謂「郊外」の風景でした。私が少年の時代にも、少しが面影が残って居りました。
by む〜さん (2016-03-16 22:23) 

凡夫

そうなんだよな~。
やっぱり「ケ」の無い雪谷は親近感が沸かないんだよな~。
by 凡夫 (2016-08-25 13:32) 

む〜さん

■■ 凡夫様:
 そう、幼いころから馴染んでいた「雪ヶ谷大塚」でないと感じが出ませんね。何時の間にか、最近の住居表示に副って「雪が谷大塚」になっていました。
by む〜さん (2016-08-25 18:44) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0