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のどかな時代(13):京浜急行クハ140形 [むかし噺(2)]

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pen-pc.gif 今日は京浜急行クハ140のお話です。京浜急行の「好き度ランキング」では、第一位デハ230、そして、第二位は、デハ500かクハ140かというくらいクハ140が好きだったのです。

 クハ140は、ポール集電の電動車デ51として1924年・大正13年に汽車会社で生まれました。
 ・車体長=14,808mm
 ・車体幅=25,655mm
 ・全高=3,530mm
 の小柄な電動車でした。そして、集電方法がパンタグラフになり、ステップがなくなり、連結器が変わり、アンチクライマが付き、ヘッドライトがお臍らいとから頭に変わり、色もあずき色のような色から赤と黄色のツートンカラーになりました。あ、そうそう、架線電圧昇圧でクハになりました。途中、いろいろ紆余曲折、形式はクハ140という事になったのです。そして製造後41年になる昭和39年~40年に老朽化で廃車ということになりました。この辺の事情の詳細は、雑誌やWebなどで調べることができます。

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■■■ のどかな時代(13) ■■■

■■■ 京浜急行クハ140形 ■■■

pen-para.gif 私が京浜急行を知ったのは、高校通学の行き帰りに、京浜急行の品川駅で道草を食い、場合の拠っては乗って行ってしまったりした、1953年・昭和28年あたりからでした。
 そのころ、クハ140は、二両のデハ230に挟まって3両編成で急行や普通の運用についたりしておりました。当時、どうしても電動車に目が行って140の写真を撮ることはあまりなかったのは、とても残念なことです。

(1-1)昭和30年4月・・・・雑色駅が奥に見えて居ます。高校3年のころ写したデハ230に挟まれたクハ140です。なんだか、古い車が頑張っている・・・・そんな目で見ていました。如何しても先頭車に乗ることが多く、素晴らしく良い乗り心地と言われた台車、「ブリル27-MCB-2」の乗り心地を味わうことは少なかったです。
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(1-2)クハ140部分の拡大。窓のラインがそろっていませんが、それはそれで、楽しいものです。
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(2)昭和34年1月、デハ290と一緒に大師線で働くクハ140。京浜川崎を出てすぐのところです。
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(3)昭和34年1月、大師線の港町駅直前です。バックに六郷橋のアーチ型の桁が見えます。
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(4-1)昭和34年9月京浜川崎駅の大師線ホーム。バックのビルは小美屋百貨店で、屋上には展望台とか観覧車が見えます。
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(4-2)クハ156部分のクロースアップです。運転台の窓は上昇窓客室部分は下降窓。
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(5)昭和34年4月京浜蒲田駅のクハ140形158。
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(6)クハ158の運転台(昭和34年4月)。
 なつかしのHポールですが、運転士さん、腰掛がありません。ランプの傘が古めかしくお洒落です。コントローラの左は戸閉めようのスイッチで、操作は運転士さんでした。
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(7)最後に1960年3月、京浜川崎でクハ159の運転台の無い側の端面。
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coffee.gif デハ230形とともに、私の好きだったクハ140形。好きだった割に写真をあんまり撮っていません。これで、全部と思われます。残念ですが・・・あまりに少ないね~!!!。

 では、また次回に!!!


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コメント 9

Cedar

さすが先輩!すばらしいお写真ですね。
クハ140とデハ230の編成美(!?)は京急で一番好きです。毎度の記憶ですがやはりだるま急行の230+230+140+230でかっ飛ぶ姿が忘れられません。大師線の290との2連は我が家にも写真があります。
by Cedar (2015-09-26 22:15) 

はーさん

120、140はお大師さまの電車のイメージです。
230に挟まれて、3連で本線を走った時は、230と異なった、ふわふわした揺れがあり、乗り心地が良かったように思います。また、雨の日、雨漏りがあり、車中で傘をさしたこともありました。
by はーさん (2015-09-27 10:53) 

hajime

15年前なんですけど、京急久里浜工場・京浜急行ふれあい電車フェスタで、保存車デ51を見ました。
by hajime (2015-09-27 21:58) 

のり

素敵ないい電車ですね。
関西では見かけないタイプの正面小窓の電車です。
運転台の写真が素晴らしいです!
古写真でも、運転台の写真はなかなかみることができません。
さすがはむ〜さん様です。
以前にも申し上げたことがあるかとは思いますが、予備ブレーキが見たことない形でユニークです。
by のり (2015-09-28 08:29) 

む〜さん

■■ Cedar様:
 デハ230ークハ140-デハ230の急行は高校一年生の私の心をつかみ夢中にさせました。一番前まで延びた座席には座らず、真ん中の窓のところに立ち、隙間を通って運転室から漏れてくるマスコンの音を聞きながら前方を注視するのでした。クハ140には時たま乗るくらいでしたが、不思議な乗り心地だったような・・・。
■■ はーさん様:
 120はすでに走って居らず、雑誌か何かで知って木造のクハが居たと知って悔しかった覚えがあります。何処かの私鉄に行ってしまったと聞きました。クハ140の前身、デ51が復元されて久里浜に居る・・・何時かは見てみたいと思いつつ年月が過ぎて行きます。
■■ hajime様:
 年に何日かの久里浜工場の公開日でないとデ51とデ1が復元保存されているのを、見る事が出来ない事はまことに残念な事です。
 八つ山の鉄橋を渡り併用軌道をゆっくりと来たデハ230の急行は北品川を通過すると、ぐいぐいスピードを上げ立ち並ぶ民家やお寺、墓地の間を飛ばしてゆき、鈴ヶ森の鉄橋で徐行しながら京浜国道を渡る。そしてまたノッチがはいり、大森海岸を通過して行く・・・・な~んて思い出に浸ってしまいました。
■■ のり様:
 前面が円弧を描いた5枚窓の電車は、かなり以前の近鉄や阪急、阪神、南海、西鉄にもいましたね。私は昭和20年代末~昭和30年頃、滑り込みで見る事が出来ました。 中でも一番好きだったのは、阪神の801形で、貫通ドア、幌付きでした。
 ハンドブレーキのハンドルは、丸いのが多かったですね。

■■♪♪ tochi様:
■■♪♪ フジトモ様:
■■♪♪ hanamura様:
■■♪♪ makimaki様:
 「nice!」有難う御座います。
by む〜さん (2015-10-01 21:41) 

あさま55号

いつもお世話になっております。
書き込みをさせていただきたかったのですが、多忙で書き込みできませんでしたので、今となってしまいました。
京浜急行の古い電車で実際に見たり乗ったのは、230形だったと思います。
幼いころの記憶なのですが、運転台周りが木材で出来ていたような記憶があります。それが果たして230形だったかは解りませんが。木造の運転台の車両があった記憶しかないのです。
クハ140形は、乗っていませんが、京浜急行のモデルとなったパシフィック電鉄の車両と似せているようにも思います。
昔の方々というか、手の込んだ車両を作っていたのに驚いております。細工的な仕事をしているなと思います。
コンピュータや機械化された時代ですが、151系などのボンネット車両とかクハ140のような造形は、出来なっているようです。電車も大量生産のような車体しか作れなくなってきてしまいました。いいことなのか悪いことなのか?手の込んだ技術を残して欲しかったものです。


by あさま55号 (2015-10-19 22:40) 

む〜さん

■■ あさま55号様:
 コメント有難う御座います。私が初めて体験したデハ230は前面左側に公衆電話位のニス塗りの木の運転室がありました。隙間から信号喚呼の声や、マスコンのノッチの音が聞こえてきました。
 電車の生産もVAだか何だか知りませんが、走りゃあ良いってぇもんではないと思うんですけどね。日立のA-Trainっていうのでしょうか、なんだか、立てつけの悪い感じで、こんなのを輸出して評判悪くならないのかなあと思ったりします。まあ、見るところを見て居ないかもしれないシロウトですけれど。
 京浜急行のデハ230については、こちらをご覧下さい。
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link104-khk230.html
by む〜さん (2015-10-28 10:11) 

lodgershinmeishrine

こちらにコメントするのは初めてと思います。静岡鉄道駿遠線の動画を立ち上げる際にお世話になりました、lodgershinmeishrineと申します。この度は京浜急行の3両編成を探していてたどり着きました。住まいが京急の際でしたので、クハ140が真ん中に挟まれた編成の本線走行を記憶しています。まだ子供でしたが、あえて真ん中の車両に乗った記憶があります。

by lodgershinmeishrine (2016-04-10 20:23) 

む〜さん

■■ lodgershinmeishrine様:
 昭和30年代も末になるとクハ140の働き場所は支線専門になったようです。「急行」運用で230に挟まれて走った時代がクハ140の一番の花の時代だったのかも知れません。中学生頃まで、京浜急行に接するチャンスがなかったので、良い場面を知りません。
 デハ230につきましては、こちらはご覧になられたでしょうか?
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link104-khk230.html
by む〜さん (2016-04-19 14:18) 

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