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草軽電鉄から来た客車 [軽便鉄道]

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pencil-red.gif 今回は、「軽便鉄道」の、とある客車に注目してみました。

pencil-red.gif 1958年・昭和33年の12月、草軽電鉄を訪問しました。雪の全線乗車でしたが、そのときの画像は、このブログで以前公開しましたし、ホームページにも出してあります。

pencil-red.gif 草軽電鉄・形式ホハ30・・・・半鋼のボギー客車。Wikipediaを見ると、日本車輌、1933~37年・昭和8~12年の製造で、ホハ30~33の4両あったとの事です。

(1) そのホハ30ですが、先頭にデキ16、コワフ104、そしてホハ31が、吾妻駅に到着しました。
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(2) ホハ31を見てみましょう。デッキの無い、電車タイプと言うか、こじんまりとまとまった客車です。片側クロスシート、片側ロングシートになっています。
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(3) 国境平駅を出発してゆく草津温泉行き列車にも、ホハ30形ホハ33が居ました。
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pencil-red.gif 年月は流れて1962年・昭和37年10月静岡県の静岡鉄道駿遠線の大手工場に、そのホハ30形が3両居たのです。草軽電鉄は1962年・昭和37年に廃止されていますので、廃止直後にここへやって来たのでしょう。 

(4) 左端の気動車は大手駅ホームに停車中のキハD15、その隣の車庫の中に、草軽から来た客車がいました。ナンバーの記録はありませんが、このスタイル、間違いありません。
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(5) もう、一見、放置状態で、窓ガラスは割れ、かなり酷い状態で、下手をすると、このまま使われずに終わってしまうのではないかと、心配しました。
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 ・・・・・・が、然し!!!!


pencil-red.gif ・・・・ところがです、1968年・昭和43年7月、静岡鉄道駿遠線を訪問した私は、そのホハ30が3両とも、見事に復活してお客さんを運んでいるのを見たのです。大手工場で復活したようです。静岡鉄道技術者の手腕の素晴らしさを感じます。 

(6) 新藤枝駅の構内です。
 自社製のDDディーゼル機関車DD501に引かれた4両の客車・・・・その中の3両が、草軽電鉄から来たものだったのです。DD501~ハ114~ハ115~ハ112~ハ113ですが、ハ112を除いた、ハ113~115の3両が草軽出身。
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(7) これらの客車、原型のホハ30とは、ステップが付き雰囲気がちょっと変わりました。シートもクロス部分は無くなり、全てロングシート。これはハ114
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(8) ハ115。サイドの戸袋窓がHゴム。
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(9) ハ113は、サイドの戸袋窓はバス窓風のHゴム支持。
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(10) ハ113を新藤枝駅舎の二階から写した写真もあります。
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pencil-red.gif さらに二年経ち、1970年・昭和45年の1月、8月廃止が決まった駿遠線。まだまだ、元気に働く、元草軽の客車たちです。

(11) キハD18が、ハ115を牽いて、当時の終点、大井川へ向かいます。撮影場所は新藤枝駅近く、これから築堤を上り、右にカーブして東海道本線をオーバークロスします。
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(12) ハ115の部分を拡大してみましょう。車体に錆でも出たのでしょうか、塗料で補修したらしくパッチワーク状態です。しかし、製造後、30年超・・・・立派なものです。
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(13) 新藤枝駅ホームで休むハ115です。
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(14) 翌朝のラッシュ輸送に備えてでしょうか、ずらりと並べられた客車たち、うち3両が草軽出身
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(15) 新藤枝駅ホーム全景。給油装置がレトロです。DD501の牽いている客車の二両目がハ113の様です。
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coffee_doutor.gif こうして、1970年・昭和45年8月、静岡鉄道駿遠線は、道路事情が良くなった結果、バス・乗用車に道を譲って廃止されました。製造後30数年、草軽電鉄からやってきた三両の客車たちも、終止符を打ったのです。
 沿線に多少は保存されていたといわれる車輌たちも、今では、藤枝市の市立博物館に展示されている、蒸気機関車一両を残すのみと聞きます。


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のり

むーさん様の大好きでいらっしゃる軽便のお話し、さすが気合が入っていらっしゃいますね。
草軽を引退し、駿遠線にやってきた客車たち、一見すると別物のようですが、(2)と(13)の写真を見比べますと、雰囲気はとてもよくわかりますね。
これらの写真を拝見させていただくにつけ、私もその利用者だったような錯覚を覚えます。
遠い歴史の彼方へと去ってしまった地方交通の主役たち。貴重な写真をありがとうございます。
by のり (2009-12-05 07:29) 

じろっち

静岡鉄道は素晴らしいですね。

私も、もうちょっと早く産まれていたらなあと思いますよ。
昭和38年産まれじゃ、体験していても記憶にありません。
151系・ドリームランドモノレールにも乗ったそうですが・・・

そういえば、姫路モノレールが公開されましたねえ。
by じろっち (2009-12-05 15:53) 

mymeな大家

こんにちは。
むーさんの観察眼には敬服いたします。のりさんも書かれていますが、大好きな気持ちの表れですね。
鉄道に限らず、好きなものは「物」であるにもかかわらず、心があるように感じてしまいます。客車たちもきっと喜んでいたことでしょう。私はカメラのジャンク見ると、「連れて帰って、直して使ってくれよ。まだまだ働けるよ~。」と聞こえてしまいます。ボロボロさ加減が激しいほど感じてしまいます(笑)
ところで、気動車というのは結構パワーがあるようですね。客車一両牽引するんですから。
では失礼します。
by mymeな大家 (2009-12-05 15:56) 

む〜さん

■■ のり様:
 草軽のホハ30形、昭和37年、駿遠線を訪問し大手の工場で再会した時は、吃驚しました。それが、綺麗に再生され(確か新造名目)、お客さんを運んでいたので、さらに驚きました。静鉄の技術は、電車(・・・・しかもカルダン駆動)、気動車、ディーゼル機関車も作っちゃうんですからたいしたものです。結局、同線が廃止になるときまで使ったんですから凄いです。
■■ じろっち様:
 駿遠線廃止は1970年でしたから、乗車体験のある方は、5歳の記憶があるとして、44歳と言うことに・・・・・。2000年に藤枝に行ったとき、駅にあったロッテリアの店長さんに駿遠線の話をしたら、私が生まれる前とのお答えでした。軽便は遠くになりました。そんな、軽便を現在も研究し、イベントを催しておられる方が、いらっしゃいます。偉大なことと思って居ります。
 姫路のモノレールの車輌は、保存されているとの事で、せんだって、テレビに写って居りましたね。ロッキード式だそうで、だとすると鉄輪方式ですね。向ヶ丘遊園のモノレールと同じですね。向ヶ丘のモノレールは一回ですが乗っています。
■■ mymeな大家様:
 駿遠線の最後のころは、D+T+T+Dの4連とかも走っていました。その気動車は、全て静鉄の工場で作られたものです。最初は機械式でしたが、後のものは、液体式でした。
■■
by む〜さん (2009-12-05 18:07) 

quatre-l

素晴らしい車両たちですね。
草軽廃止のあと、どうやって運ばれたんでしょう。
どこを通って行ったのかなぁ。
想像するだけでワクワクます。

ニブロクは尾小屋鉄道と西武山口線しか乗ったことがない私。
あぁ、軽便に乗りたい。
by quatre-l (2009-12-05 18:56) 

たらこっち

草軽の面白い画像発見しました。

http://www.youtube.com/watch?v=1MjAr1YTrq4&feature=related
by たらこっち (2009-12-05 19:18) 

む〜さん

■■ quatre-l様:
 トレーラに積んで国道を走ってきたんでしょうか・・・・長10,300×幅2,130×高3,050、自重7.5屯だそうですので、何とかなりそうですね。
 現在、普通に乗れる、2呎6吋の鉄道は、近鉄、三岐、黒部くらいでしょう。こんど、名古屋にいらしたら、桑名と四日市の訪問をお勧めいたします。軽便の沢山残っていた昭和30年代のイメージが、少しは残って居ります。
■■ たらこっち様:
 アクセスしました。懐かしい映画、木下恵介監督「カルメン故郷へ帰る」・・・・・草軽の総天然色映画。懐かしいですね。L電機けんいんする客車は「ホハ31」ですね。
by む〜さん (2009-12-05 20:15) 

べる

軌間は1067ですが軽便並みの車格で少しでも軽便に乗ったような
気にさせてくれる大井川鉄道井川線も軽便を知らない私には楽しかったです。
軽便の擬似乗車ってところでしょうか?
実は今日、さっき乗ってきたんです。
先ほど帰宅しこの軽便記事を見てびっくりしました。
揺れ、レールのきしみ音を体験し、同じ静岡ということで頭の中で
む~さんのHPで魅力を教わった駿遠線をイメージしていました。
でも軌間762だともっと揺れるのでしょうかね?

by べる (2009-12-05 21:43) 

む〜さん

■■ べる様:
 大井川鉄道井川線、軌間こそ3呎6吋ですが車輌限界は2呎6吋なみですね。いまは、近代的な車輌でしょうが、私が行った199年初頭は、まだオープンデッキの客車もあって、勿論、アプト区間など無く、のどかなものでした。
 レールが太めだし、1フィート差の踏ん張りもあって、「半軽便」って感じでした。
 駿遠線も一部区間は軌条も太いのを使っていて、そこは、あまり揺れず快適でした。しかし、レールの細いのを使ったところは、かなり揺れましたね。旅人として乗るのなら、『揺れ』も『ジョイントの音や衝撃』も、出汁みたいに、旅をグレードアップしてくれます。しかし、通勤通学の方は、大変だったことでしょう。
by む〜さん (2009-12-06 00:06) 

manamana

自分が小学生の頃は、こんなおもしろい鉄道が
走っていたんですね。
少しだけ時代をかぶっているのが、
かえって悔しいです。
国鉄のデザインをまねたようなDD501、
色がいいですね。
そして、草軽からの客車を連ねた列車、
脇に止まる湘南スタイルのDC、
もう、メルヘンの世界です。

by manamana (2009-12-06 07:48) 

ズルツァー・マン50

こんにちは。草軽時代と駿遠線時代との双方の姿をお撮りになっていらっしゃるとは、本当に素晴らしいです!
私も約40年間(途中抜けはありますが)鉄道の写真を撮っておりますが、同じ車両を2以上の会社の姿で撮ったことは、多分ありません。
一人の方が撮ったと言うことでも素晴らしいことですね。勿論お写真自体も素晴らしいです。特に駿遠線は、天然色写真!!
by ズルツァー・マン50 (2009-12-06 08:09) 

む〜さん

■■ manamana様:
 私が写真を撮り始めた頃は、未だ軽便も元気でした。道路も整備されておらず、貨物輸送も盛んでした。道路が良くなり、高速道路も出来、昭和40年前後から、あっという間に消えていったのです。
 DD501は、昭和40年、自社製ではじめは3両の予定だったらしいです。最後まで、通勤通学客輸送に活躍しました。
■■ ズルツァー・マン50様:
 ま、偶然の出会いでしたが・・・・。静鉄駿遠線は、他社から来た車輌も多かったですね。鞆鉄道、赤穂鉄道、安濃鉄道、三重交通から来たのもあったようです。
by む〜さん (2009-12-07 18:38) 

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