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箱根の登山電車1954年 [むかし噺(1)]

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私には7歳年上の兄が居りますが、やはり鉄道が好きで、「O-ゲージ」の機関車や客車を作ったりしていました。その兄が、1953年・昭和28年にカメラを買いました。それが、私の数々の鉄道写真撮影に使ったカメラなのです。
 今回は、その、
「む~に~さん」1954年・昭和29年に撮影したものです。

pencil-green.gif 小田原駅から箱根登山鉄道の電車に乗りまして、次の駅が箱根板橋駅、その次が「風祭駅」です。その風祭駅で、写した写真です。

 箱根の登山電車・1954年/む~に~さんの作品 

 そのころ、風祭駅の近くに母の知人がお住まいで、たびたび私たち兄弟も母と一緒に行ったりして居りました。そんなシチュエーションだったのでしょう。このとき、私は同行しなかったようで、たぶん、母と兄が一緒だったと思われます。
 前説は、このくらいにして、54年も昔の、箱根登山鉄道の電車をご覧下さい。なお、この写真は、以前から、ホームページ「む~さんの鉄道風景」にて公開中のものですが、今回、ブログ用に加工し直しました。

(1) 強羅行のNo.107、形式はモハ1。たしか、空色と黄色の塗分け。右側の家の後ろは田圃ですね。サボは「強羅 FOR GORA」です。
01-54mu2hakone-h107.jpg

(2) 小田急の急行が来ました。クハ1450形1465ですが、後ろの電動車が良く判りません。拡大してみますと、二両目のパンタが、こっち側にあるようなので、多分、デハ1200形×2と思います。サボはぶれていて読み取り困難ですが「HAKONE YUMOTO 箱根 湯本」ではないかと・・・・・。
02-54mu2hakone-o1405-001.jpg

(3) 湯本行のモハ2形No.109です。木造ですね。古い形式名、チキ2の方が似合いますね。大きな水槽、屋根の抵抗器、サイドの床下にはトラス棒。
 ・・・・今回、写真をいじっていて気付いたのですが、電車の右側に二軒の民家。その左側の家なんですが、どうも水車が見えるみたい
03-54mu2hakone-h109-001.jpg

(4) そういう訳で(3)の右側を拡大してみました。
 おおおお!水車だ~
 ・・・・・・やっぱり水車ですね。水車小屋現役のようです。
 もっとも、昭和50年ごろ、小田原市の荻窪あたりで、道端で回っているのを見たことがあります。果たして、現在は如何でしょうか・・・・。
04-54mu2hakone-h109-002.jpg


(5) 場所は変わって小田原駅です。試運転のサボをつけたモハ2形No.110が停まっています。
05-54mu2hakone-h110-001.jpg

(6) (5)のホーム側を拡大してみました。時計は16時10分でしょうか?14時25分でしょうか?冬だし、(5)の光線状態を見ますと。14時25分でしょう。色々苦労してみましたが、改札に建っている案内板。完全読み取りは不能のようです。「御案内 毎度御乗車有難う御座います」は間違いの無いところでしょうが、その後が読めない。東海道線、小田急線は、読めますが・・・・。
 左端は、箱根だか丹沢だかわかりませんが、宮永岳彦画伯のポスターのようです。女性の絵が、そんな感じです。
06-54mu2hakone-h110-002.jpg
 

pencil-blue.gif このころ、私は高校二年生でありました。54年か・・・・ま、いろいろあったなあ!!感慨だなあ!!

coffee.gif では、今日は此処までです。


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mymeな大家

こんにちは。
箱根登山鉄道は、いつも混んでいるイメージがあります。
土日しか乗ったことがないからかも知れません。
木造電車は、明治村にあるN電くらいなのですが、ぎしぎしと音をたてるようなイメージがあります。むーさん、どんな感じなのでしょうか。
登山電車のイメージは、最近の型まで受け継がれているように感じますね。
失礼します。
by mymeな大家 (2008-07-25 22:28) 

えびび

こんばんは。
当方、生まれてからずっと関西なので関東の鉄道には興味が湧きませんが、この時代の車両は東西を問わず、落ち着けます。
by えびび (2008-07-25 22:51) 

む〜さん

■ mymeな大家様: 確かに『観光曜日・時間帯』は混んでますね。昔と違って一両という事は無いようなので助かりますが・・・・。
木造車は確かに軋みましたね。結構、静かだった気がします。音を吸収するのかもしれません。ただ、転覆すると大破してしまい、お客さんが大変なことになるので、戦後、時代が落ち着いてくると鋼体化が始まりました。
交換施設の容量の関係で全長の制限があり、新車も同じような感じになるのでしょう。
■ えびび様: 昭和30年代頃までの電車は戦前の設計思想を受け継いでいたのか、たしかに、気持ちが落ち着けますね。
 関東の鉄道に興味はないとおっしゃらずに、お時間を作って、見に、乗りにお出で下さい。これはこれで、悪くないですよ。関東の電車は『通勤客輸送箱』だなあと思うこともありますが・・・・。
 私は関東モノですが、関西の電車には少年時代から強い憧れを持っています。お金と暇(これは沢山ある)があれば、どんどん通いたいのですが、世の中、上手く行かんものです。
by む〜さん (2008-07-26 06:07) 

じろっち

昭和20年代というと、まだ戦後を引きずっていた頃なので、電車は、電車というよりは電動客車という感じだったんじゃないでしょうか。
道路には、米陸軍が放出したトレーラーに客室を設置したトレーラーバスが走っていたようですね。
戦後鉄道の開花は、80系以降でしょうか。
by じろっち (2008-07-26 06:39) 

quatre-l

おいらの家は、水車小屋~♪なんて歌がラジオから流れていたような気がします。

現在の箱根登山鉄道と同じ場所っていうのが信じられませんね。
素晴らしい景色。
by quatre-l (2008-07-26 10:23) 

はーさん

箱根登山鉄道は日本では唯一と言ってもよい登山鉄道ですね。
スイスのレーティッシュ鉄道、ベルニナ線と姉妹鉄道になっており、新しい車両はベルニナ線をイメージした色とスタイルをしています。たしか、名前の付いている車もありましたね。
イタリアのチラノからベルニナアルプスの氷河の傍を通り、サンモリッツまで行くベルニナ線は100パーミルの急勾配を粘着鉄道で
登る素晴らしい登山鉄道で、そのアルプグリュム駅には箱根登山から贈られた駅銘票のようなものがあったと思います。
このベルニナ線に比べると、スケール、車窓の変化などははるかに及びませんが、80パーミルを粘着鉄道で登ることを良く、決断したと思います。
1435mmという登山鉄道には珍しい標準軌を採用したのもすごいですね。(ベルニナ線がメーターゲージ)
輸送人員はベルニナ線よりはるかに多いと思います。
109,110などの木造電車の写真は貴重ですね。
これらは、鋼体化改造されたのでしょうね。

by はーさん (2008-07-26 10:43) 

ファジー

小田急の急行クハ1450形・・・シングルルーフでありながら側面のリベットの数の多さはびっくりです。
質実剛健といったところでしょうか。デイ100を彷彿とさせます。
by ファジー (2008-07-26 20:00) 

む〜さん

■ じろっち様: 戦後を引きずって居たとは言え、この木造車は戦前のちゃんとした電車のようです。電車ファンとして、見たのは高校生時代でしたので、それ以前の、ちゃんとした記憶は無いのですが、荒廃の記憶はありません。
 箱根登山の電車は小学生当時、私が見た印象は、やたらと車輪径が大きく感じ、絵を描く時は、車輪が全高の1/3位に描いた記憶があります。
■ quatre-l様: 風祭駅、田圃のあるのどかな風景ですが、ひとつ小田原よりの箱根板橋駅も、駅から早川方面が見通せました。下記URLに写真があります。
http://11.pro.tok2.com/~mu3rail/link105-02.html
■ はーさん様: 1000形・ベルニナ号と言う電車がありますね。2000形・サン・モリッツ号というのもあるそうです。たしか、現在も有ると思います。真っ赤に塗られて、スイスの登山電車を思わせます。緑の中を行く、真っ赤な電車は意外と似合いますね。
 木造車はのちに鋼体化されたそうです。シュリーレンとか、ブリルの台車を履いていたそうですが、流石に現在は交換されたようです。
 強羅駅には、RhBから送られたという、鐘(カウベルだったかな?)がありましたね。
 1067mmにせず、1435mm軌間は革新的だと思います。
■ ファジー様: デハ1200、デハ1400、クハ1450は、確かに質実剛健、関東の私鉄!って感じですね。と、いっても野暮ったくは無い。東京行進曲じゃあありませんが、『♪小田急で逃げる・・・・』には向いているかもしれません。
 デイ100と並べていただけるなんて、小田急ファンの私としては、とても嬉しく、光栄ですが、こっちは全長が16mだったかな・・・・かなり短いのです。
by む〜さん (2008-07-26 20:58) 

しおつ

箱根登山鉄道も、小田急も古豪の風格満点。
今年のはじめ、社員旅行で祭駅付近に寄ったのですが、
昔はこんな風景が広がっていたんですね。
三線軌道もすでに過去のものとなってしまいましたね。
by しおつ (2008-07-26 21:16) 

manamana

そういえば、水車は観光用のしか見たこと無いなぁ。
のどかな写真にしばしタイムスリップしました。
by manamana (2008-07-27 06:22) 

む〜さん

■ しおつ様: 箱根登山の小田原~湯本間の三線化は意外と古く、1950年・昭和25年だそうです。同区間の三線軌道の期間は50年を越えたのです。色々あるのでしょうが、小田原から直接強羅まで行けないのは何となく腑に落ちません。西の方からの箱根への観光客は少ないと読んだのでしょうか・・・・。小田原発強羅行き座席指定電車なんてあったらよさそうな気もします。
■ manamana様: 1960年代前半に、御殿場線の駿河小山駅付近に蒸気機関車牽引の列車を撮りに行きましたが、そのあたりでも、現役の水車を見ました。中を覗いたら、無人の小屋の中、石臼の中でお米が、ゆっくりと搗かれていました。記録に残そうと写真を撮りましたが、列車写真とともに、フィルム変質変形でスキャンできなくなりました。惜しいっ!!
by む〜さん (2008-07-27 08:16) 

服部光之 

三線軌道といえば、京浜急行の大師線に確か、鈴木町のあたりでしたか、味の素の工場に入線する3線軌道がありましたが、どうなっているんでしょうか。
聞くところによると、深夜、京急の営業終了後、旧国鉄の貨物が使っていたとか。
教えてください。

by 服部光之  (2008-07-27 16:13) 

なにわ

>はーさんさん(?)
もちろん、108~112全車鋼体化改造されていますよ。

>陸軍放出車
水陸両用車か、普通のトラックですね。後者は後輪2軸、ダブルタイヤの10輪車でした。外側をはずして6輪で走行している写真を見たことがあります。

>トレーラーバス
牽引車部分のエンジンも全て日本製です。

by なにわ (2008-07-27 20:36) 

hajime

昨年5月に工事中の風祭駅に行きました。
現在は、ドアを手動で開けるのは無くなってしまったんですよね。
by hajime (2008-07-27 23:51) 

む〜さん

■ 服部光之様: 京浜急行の三線区間と云えば、逗子線の『金沢文庫の東急車輛』出入り用と、大師線の塩浜~鈴木町でした。鈴木町の味の素の貨物輸送に大師線の下り線が1435mmと1067mmの三線でした。下り線しかなかったので、貨物輸送は終車後でした。しかし、味の素の貨物輸送はトラック化され、大師線の三線は1997年廃止となりました。逗子線は健在ですが・・・・。いまでも、大師線に乗ると、味の素の塀に、引き込みの痕跡が残っていないか、見てしまう私です。
■ なにわ様: 考えてみると、箱根登山って、結構、物持ちの良い会社なんですね。
 連結方式のバスは新聞で見たくらいで、ホンモノの記憶がありません。本格的トレーラーバスは、東京駅乗車口~雪ヶ谷間の路線に居ましたので、頻繁に乗りました。あれは、日野でしたっけ?乗り心地が悪く、酔い易かった私は、嫌いでした。一度、都営のトレーラーの前部分の前向きシートに乗って本を読み、本格的に車酔いになり想い出をさらに悪くしました。昭和20年代後半だったと思います。
■ hajime様: 最近、風祭駅は6両全車が客扱い出来るようになったと聞きました。記憶違いかもしれませんが・・・・。
 最近、降りたことがないのですが、『この感じ』は消滅した事でしょう。
by む〜さん (2008-07-28 06:18) 

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