So-net無料ブログ作成

関西電車見物2001年( 4) [関西電車旅2001年]

■ 2001年・平成13年11月19日(月)~21日(水):二泊三日の関西電車見物の旅。今回は11月19日の続き。住之江公園駅から市営地下鉄四ツ橋線で西梅田行きに乗ったところからです。

 阪神・梅田駅 

 西梅田駅に到着、関西在住の大学時代の鉄道仲間WさんとJR大阪駅の阪急側で13時ごろ会おうと言う事になっておりましたので、折角、阪神電車の駅があるのですから、阪神の梅田駅ホームを抜けて行く事にしました。入場券(・・・・だったと思う)を買って阪神のホームに降りました。12時をちょっと回っておりました。

(1) 阪神電車に初めて会った昭和29年の夏、私の高校二年生のときでした。夏休みの10日ほど、西宮の兄の住んでいた所に泊めてもらい、有り難い事に、お小遣いまで頂いて(兄は既に社会人でした)、電車三昧をやったのですが、その初日、阪神の甲子園駅から急行の先頭車に乗って、前面窓全開の風を浴びつつ梅田入りし、堂々たる地下のターミナルに吃驚したものです。
 その時の写真。散髪屋さん、喫茶店、いろいろニックネームも有るようですが、881形の900です。小型オール電動車五両編成の急行電車は私を魅了し、いまだに阪神、好きです。オマケにタイガースも・・・・。(寅年ってこともあるかな?・・・・^_^)

 長方形の急行・EXPRESSのボード、斜め付けの急行灯(尾灯)、後付けの限界拡張対策ステップのランプまでも格好良かった。

(2) その阪神、2001年の梅田駅ホームには、左2000系の2205、右8000系の8221(直通特急姫路行き)が居ました。

 乗車ホームから見える天井付近の広告は今、気付き、オッと思いました。

(3) 上と同じ車両ですがアングルをちょっと変えています。

(4) 9000系9207の特急が到着、須磨浦公園へ折り返します。

(5) 同じく9207。降車客の去ったホームに回って・・・・・。


 ホームを通り抜けて改札から外へ出る。JRの大阪駅で、友人Wさんとも無事に会えて、阪堺電車に向かうのですが、それはまた!


nice!(0)  コメント(6)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 6

ヒロクン

最初の写真大阪に父が転勤、僕は大学に入った年にたしかに阪神電車はこうでした。短い車体2扉、一番の特色は運転前面貫通扉の窓が下部分までありました。今から見ると縦長で、たしか阪急も500型が同じ感じで縦長でした。
当時のホームの照明暗かったんですね。でも新しい車輌が投入してすぐに近代化されたのを覚えています。

ど~も済みません、気をつけてキー押しているのですが飛んでもない文字に変換されて変換率が悪く困っています。日本語が正確な一太郎にかえようかと思っています。
阪神が正当。こうが正当です、ここにお詫びします。
by ヒロクン (2007-01-09 17:51) 

micchama

阪神電車というと、あの震災のときに電車区がつぶれて、これは大変な時間がかかるだろうなあと思いました。
そのときの車両は私が大阪へ行ったときの車両群でした。
4年前の映像で阪神もすっかりかわって驚きました。
また、大阪で民鉄めぐりしたいですね。
MU3、弁天町の駅ですが、交通科学館ですね、ちょっと小さいですが、展示車両はいいものがありました。1時間もあればみることできたのにもったいなかったですね。
でも、1つ言わせてもらうと、東京も関西も似たような車両たちになってしまいましたね。
それと、天井の壁の広告塔ですが、下車側にはないのがさすがだなあと思いました。
by micchama (2007-01-09 19:06) 

’80XE PA96E

いま思えば震災では、阪急やJRの方の被害がクローズアップされててたような気がしますね。当時私は広島に居たのですが、阪急の倒れた車体やJRの駅の倒壊状況のニュースがTVではよく見かけたように思います。
写真の9000系は、震災で廃車になった車両を短期で補充するため、鋼板ボディをこの時だけステンレスボディを採用した車体でしたね。時代を垣間見るようです。
ところで上の2000系は、我が京阪の3000系と似てるように感じるのは私だけ?
by ’80XE PA96E (2007-01-09 23:40) 

京葉帝都

阪神電車は阪神大震災からの復興の記録『新たなる復活:ドキュメント阪神電車の430日』のビデオを監修協力・販売し、復興への強い決意をアッピールしました。阪神電車は戦前から両端のターミナル駅を地下化した日本のインターバーンの代表格。梅田駅の配線は機能的に出来ていて、シーサスクロッシング(ホーム側はシングルスリップ付)の外側に4番線への到着線、1番線からの出発線があり、理論的には隣り合うホームの北側の列車の到着と南側の列車の出発が同時にできるようになっています。ホームと共に美しいシメントリーな形をしています。
by 京葉帝都 (2007-01-10 03:17) 

京葉帝都

阪神梅田駅の構内配線は、隣の福島駅地下化によるルート変更により、かなり変更されていました。訂正します。3.4番線間でシーサス、1.2番線は複線の形で一般の分岐器で西側で3.4番線のレールと繋がっています。理論上は以前の配線と同様、1番出発・2番到着、2番出発・3番到着、3番出発・4番到着がそれぞれ同時にできるようになっています。
by 京葉帝都 (2007-01-10 15:40) 

む〜さん

■ 阪神の梅田駅の地下部分は複々線構造になっていたと聞いたことがあります。
 いま、気が付いたのですが、何時の間にか福島駅が地下化されているんですね。福島駅の踏切は国鉄のと合わせて、開かずの踏切だったと記憶します。
by む〜さん (2007-01-11 22:21) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0