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鹿島・日立・茨交:2005年:4 [常磐線沿線の私鉄]

■■ 日立電鉄2005年3月(2・終) ■■

 2005年3月31日に廃止になる事が決まっている日立電鉄。残り日数が一ヶ月無い2005年3月5日、鹿島鉄道を見学後、訪問。石岡から常磐線で水戸~水郡線で常陸太田駅に14時16分到着。日立電鉄の常北太田駅構内見学の後、15時20分発の電車(2213)で、久慈浜駅までやって来ました。
 ここの駅の近くの、とある宿泊施設で、鉄道好きの仲間たちが集まって、一泊の計画です。私は、ひとりでここまで来た・・・・という訳なのです。


(1) 久慈浜駅、私は下車。15時40分、私の乗ってきた電車は次の大甕駅に向かって走り去って行きました。構内は側線も何本かあり、かなり大きな駅。とは云うものの無人でありました。

(2) 側線も有る筈で、ここは工場所在地。屋根の下にはクハの2217が、小さな車両移動機と並んで昼寝中。

(3) 反対側の側線には両運転台の3000形3027が居ました。前パン・幌付ってのも良いものです。

(4) かなり草臥れた無蓋車、トム1000形1001。日立電鉄のホームページでみると、一時は駅前の放置自転車除去で活躍した時期もあるようです。

(5) 上の二枚。駅名標と、散水車。散水車は夏季のレール冷却に使ったらしい。四角の鉄箱が水タンクで、ベースの貨車は、上のトム1001とくらべ、二重釣りリンクだし、そんなに古くは無いようです。

 駅を出て、今夜泊まる宿に向かって歩き出します。マンホールには日立市の市章。広い新しい道路、新しい家、その道に直角に交わった、昔からの道には、こんな酒屋さんもありました。

 無事に宿に到着。昔馴染みの鉄道大好き仲間ともめぐり合って、総勢十名、夜は、美味しいお料理とお酒(飲めない私はお茶で・・・・笑)で、鉄道話が続きました。


(6) 明けて3月6日、朝はのんびり食事の後、出発。引いて撮れる場所を探し、電車を待ちました。10時49分、やってきました2000+2200。

 バックの丘の上の大屋根は茨城県立日立商業高等学校。

(7) これは上とおんなじ電車。向こうが大甕です。

(8) その6分後に来た電車。画面下に写っている住所表示は久慈町二丁目23とあります。

 これで、日立電鉄の撮影を終え、皆さんとおしゃべりしながら、JR大甕駅までの1キロ半ほどを、のんびり歩きました。大甕駅到着は11時20分ごろ。

(9) 大甕駅前には、こんなバスが居ました。普通の乗合ですがラッピングが気に入りました。私は、この昔ながらの金魚の意匠が好きでして、蚊遣り豚に並ぶ素敵なデザインと思っています。


 このあと、大甕駅から11時25分発の上り電車で勝田駅に向かいます。勝田駅では、茨城交通湊線の気動車達に会おうと言う計画。
 それは、・・・・・・また次回。


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コメント 10

quatre-l

金魚といい蚊取り豚といい誰がデザインしたんでしょうかね~?
愛嬌があって素晴らしいデザインだと思います。
このバスの色合いも鮮やかなのにホノボノとして似合ってますね。

それにしても日立電鉄も廃止されてしまったのですか。
寂しいですね。
by quatre-l (2006-10-25 00:20) 

no

こんにちは。
新築家屋が多いですね。
この画像からは廃線なんて信じがたいことです。
しかし、電鉄利用者は少なかったのでしょう。
時代の流れには逆らえない、と言えばそれまでですけれど…。
残念です。
by no (2006-10-25 08:55) 

む〜さん

自家用車を使えない、高校生・高齢者など以外は、電車を見限ったのでしょう。乗客減少→乗らない→本数削減→乗れない→乗客益々減少のルーティンが回って、結局、廃止に追い込まれたのでしょう。残念ですが、会社が生きて行けない限り難しかったのでしょう。
私達は、そんな姿を後世に残すしかないのでしょうか・・・・。
by む〜さん (2006-10-25 10:42) 

hajime

「おおみか」駅は難読駅ですよね。
私は5年前に日立電鉄に乗りに行きましたよ。
駅名標の絵が、かわいいです。
by hajime (2006-10-27 21:55) 

む〜さん

「常北太田」と「久慈浜」、両駅の駅名標には、可愛らしいイラスト入ってますね。全駅、そうなんでしょうか?だとすると日立電鉄、なかなか、やりますね。
「大甕」は、日立市の正式町名では「大みか」になっています。まあ、たしかに凄い漢字ですが。
by む〜さん (2006-10-27 23:05) 

hajime

私は2001年の関東の駅百選スタンプラリーで桜川駅に行きました。
駅名標の写真を見ると、桜の花の絵が描いてあります。
by hajime (2006-10-28 18:26) 

じろっち

久慈浜から大甕まで乗ったことありますよ。

駅に着いた時、すでに発車間際だったので、切符を買おうと焦りましたが、車掌に現金で良いと言われました。

なんでか知らないけど、茨城県内は難解な漢字表記が多いですね。
那珂湊・常陸とか。 ふつうなら中港・日立ですよねえ。

大甕は日立の重要な事業所があるそうで、戸塚~大甕を頻繁に往来する日立写真が多いようです。
われわれが見れば地方の小駅ですがね。

スーパーひたちに高速タイプがあるのも、日立の出張に配慮してのようです。

さいきん常磐線の東京乗り入れの計画がありますが、神奈川県内まで来る「ひたち系」誕生もありそうですね。
「湘南観梅ひたち号」とかね。
by じろっち (2007-05-27 06:24) 

じろっち

茨城県内に私鉄が多いのは、軍事貨物輸送業が多かったということでしょうね。

戦後自衛隊が設置されたところは良いですが、占領政策解除後基地が無くなってしまった地域は需要が無くても旅客輸送を行うしかなかったということでしょう。

昭和20年代のうちに鉄道廃止した地域の方が地域に与える影響も少なかったのかもしれません。

今も残る路線は個人的支援を要請してでも存続させるべきでしょうね。
定時旅客が絶対的に不足している路線は、観光に特化させるのも一考でしょう。
単行だけど、VSEみたいな車両を作ったら、100km圏内の大きな街から暇なおばさん達が来るかもしれません。

動力のハイブリッド化・バイオ燃料エンジンを搭載・バスと鉄道の1台2役などをやるなら、補助金も得られるでしょう。

車両の新製・改造も難しい会社だと、かなり厳しいということか・・・

F1みたいに車体の広告化という手もあるけど、沿線が農地・沿道も通行が少ないトコだと、広告主もいないよなあ・・
by じろっち (2007-05-27 06:44) 

む〜さん

■ じろっち様: 常磐沿線の小私鉄が消えて行くのもやむを得ないのかもしれません。じっさい行って見るとお客さん少ないですものね。みんな車に乗っちゃう。老人とか、幼児子供の一人での移動は超困難になってますね。

常磐線特急の日立製作所がらみのお客さんは確かに多いですね。その他の会社に訪問する、営業マン、技術者などで、溢れております。夕方の上りなんか、皆さん麦酒でくつろいでますが、元サラリーマンから見ると、社に戻らんで直帰でいいんかあ!!と思いますね。(笑)
by む〜さん (2007-05-27 10:48) 

じろっち

私の通勤経路に日立の正門が2つあります。
事業所ごとに区画されているようで、隣り合っていても往来は外からみたいです。
社内秘漏洩防止策でしょうか。
TV事業部(だと思う)正門には黒木さん本人より巨大な黒木さん看板が立っています。
東海道線線路際にある事業所は、ケータイ事業部みたいです。
写真の皆さんがどこに住んでいるかは知りませんが、「ひとり社長の技術系社員」は、重要案件以外は直行直帰OKなんじゃないですか。

イギリスで一人でバスに乗る猫がいたそうです。
とうぜん運賃は支払いませんが、乗車中迷惑行為を一切しないので、誰も文句を言わず、何回か乗車したそうですよ。
地方鉄道も「子供と年寄りが保護者無しで乗れる」対策をすれば業績改善に繋がるんじゃないですかねえ。
by じろっち (2007-05-27 17:33) 

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